サディスティック症候群










形の無い物はいとも簡単に崩れ去る。

例えるなら想いだとかその場の空気だとか時間だとか精神だとか。

其れらは俺でも壊すことや造ることはできないし、壊れることも造られることも阻めない。

でも頑張れば少しは変えられるのかも。

んー とりあえず時間は無理か。


造るとは困難で時間のかかる作業だ。

しかし壊すのは簡単。It's very easy.

ビルはダイナマイト一発で瓦礫の山だし、愛は裏切りで憎しみに変わる。

それだけじゃ変わらない時もあるけど、まあ、ソレはソレだ。ケースバイケースってヤツ?

尤も何もなくても、ビルは風化するし愛情は薄れるけど。

変わらない物が無いのはこの世に永遠なんて存在しないからだ。

「どうして?なんで!!」

『なんで』? 愚問だな。


そして崩壊や変化の瞬間は何だって美しい。

そうだな、華が散る瞬間や 蛹が蝶に変わる瞬間だとかが分かり易い例かな。

俺は俺自身の美意識やら観念やらを持って生きているわけだから、勿論他人にゃ理解できない処もあるだろうけど。

無理に理解しろなんて言わねぇし、理解なんて別にして欲しくも無い。

ちなみに変化は進化でも退化でも、俺にとっちゃ美しい。

俺は変われないから、俺の中に存在しない其れらに憧れてるんだろう。

「どうして、なんて言われてもな」

自然に顔が笑みを造る。

おかしくて堪らねぇな。

ぞくぞくする。

俺は残念ながら何処までも残酷になれる生物だ。

そして俺は、そんな俺が嫌いじゃない。

「やっぱり好きなんて嘘だったんでしょ?」

「さぁ?どうだろう」

適当にしらを切るが、正直事実でもある。

好きとか嫌いとか憎いとか

面倒だしイマイチよく分かんねぇ。

傍にいたいとか抱きしめたいとか思うと、

大抵同時に殺したいとか苦しめたいとか思っちまう。

簡単過ぎる話。

俺は狂ってる。

全てはソレだけで簡単解決。



聞こえないはずの音がする。

笑ってる場合じゃないだろう。

それでもやはり俺の顔は笑顔しか造れない。

そんな俺が憎らしくなるけど、歪みまくった俺自身に思わず嬉しくなるのも事実である。

長年の願いが叶うのは今だ。

なのに何処か虚しいのは何故だ?

「なあ、お前は俺を裏切り者だと思う?」

お前は黙る。

いっそその通りだと叫んで頷いてくれれば俺も楽なのに。

躊躇したりしないのに。

俺の願いも空しくお前は首を横にふる。

「..思わない。だけどそれは綺麗事かもしれないし、そんなの嘘で、間違っているのかもしれない。

 そうよ間違ってるの。それでも貴方を信じてしまうのは私が馬鹿で愚かだから。

 私は貴方を憎んでなんかいないけれど私はとても痛い。

 私、痛いのは嫌い。だから苦痛の原因を壊さなきゃいけない」

「....分からなくもない」

「そう、じゃあ許して頂戴」

こうなることは知っていた。

こうなることを望んでいた。

謀れたのはお前はとても優しくて一途で純粋だから。


浮気相手に思い入れなんてなかった。

だって最初からお前を壊す為に利用しただけだったし。

向こうもさした意図はなかったらしく、あの夜以来目すら合わせていない。

其れも其れで俺ってそんなに駄目かよと少し凹んでやりたくもなるけど。


俺は疑問に思う。

“本当に俺はこうなることを望んでいたのか”

嘘じゃない でも本当じゃない。

行き場を失くした俺の目線が辿り着いたお前の右手のナイフは、

鈍く光るだけで答えなんて教えちゃくれない。


その音を口で言うなら、がらがら とかが適切かもしれない。

まあ、擬音なんてなんでも良いんだけどさ。

聞こえるのは壊れる音。崩壊の音。

君が壊れる、音がした。

之が聞こえるのも神だから?

それとも幻聴?

畜生止めろ。俺まで壊れちまう。

生憎そんな弱い精神は持ち合わせちゃいないのだけど。










好きでいたいとか嫌いたいとか恨みたいとか憎みたいとか、本当もう色々。

自分でも、どれが一番なのか分からない。

貴方に解るわけないわ、だって私と貴方は違う生き物なんだから。

解ってくれなくたって良いから、嘘だと言って。

好きだと言って

抱きしめて

キスして

傍にいて

愛して。


あーもう無茶な願いばかりよ。

無茶だからもう嘘だとも言わなくて良いの。

そんなこと言われたらまた期待しちゃうし、もっと欲深になってしまいそうだから。

だから何も言わないで、黙って其処に立っていて。


仕様がないでしょう私は利己主義者ですし

自分が痛い思いをするより他人を痛め付ける方がよっぽど楽しいでしょう。

貴方が其れを一番とても分かっているのでしょう?

所詮エゴイストの我儘です。

私、傷付くのは嫌。だいきらい。


ねぇ だから、










「死んでよ」


もう本当唐突な女。

モチ是も俺の予想通りのシナリオ。

そんなこと悠長に思ってる間にも、お前の刃は深く俺の腸を抉っていくんだけどさ。

この後俺が倒れて死んで、お前が泣き崩れて自害とかしたら最高のラストなんだけどな。

現代版ロミオとジュリエット?

ジュリエットはロミオを自身の手で殺しちゃいないし、

あの話はこんな、ドロドロとしちゃいないけど。

ああ、こりゃ絵的にもかなり良いかも。

ずぶずぶと俺の身体に沈むナイフを見ながらこんなことを考えられるんだから、俺って結構冷静だ。

生憎そんなラストにはなれないんだけど。

何処まで走ったって白くは成らない想い。

ならずっと黒いままで良い。

望みは消すんだ。俺自身の手で。

笑みの形に歪められた俺の口からは暗鬱な笑いが漏れる。

だくだくと流れ出る血は俺には必要ない物。だって俺は生きていないんだから。

彼女が何か言う気配はなかったから、俺も黙って彼女の背に腕をまわす。

結果的にナイフはより深く俺を突き刺すわけだけど どうせ痛みもないからどうでも良かった。

何時しか彼女の手からは力が抜けていて、少ししてナイフも軽い音をたてて床に落ちた。

栓を失った俺の傷口から血が噴き出して

俺は勿論、彼女をも生温い赤で染めた。

窓から差し込む月の光は血とは対照的に蒼い。

よく分からないが、問題(全て原因は俺なのだけど)は失くなるような気がした。

俺は窓の外を見上げながらぼんやり夜空が綺麗だなんて見当違いのことを考えていて、

彼女は沈黙して俺の腕の中で俯き何処か一点を見つめていた。










「どうしてあんなことしたの?」

アレから少し経って、其処いらのカップルと俺達が変わらなくなったある日。

唐突に、思い出したように彼女は俺に問うた。

あの日の翌日、やっぱり悪いのは俺なんだから引け目を感じた方が良いのだろうかと思ったのだが

(尤もそう思うということは実際はあまり感じていないということだ)彼女が全く気にしている様子がないので気にしないことにした。

「どうしてって......お前をぶっ壊す為?」

「なんで疑問系なのよ......」

呆れたように溜め息を吐いて彼女は手に持つソフトクリームを舐める。

最近すっかり秋になってきたのに、そんなのを食べて寒くないのだろうか。

暫く互いに無言の状態が続いた後、彼女は何か言いた気に口を開いた。

「アンタは....あたしをぶっ壊すつもりだったんでしょ?」

「当たり前田のクラッカー」

「じゃあ何で......」

「途中で止めたのかって?」

頷いて彼女は小さなコーンだけになったソフトクリームを一口で食べきった。

正直な処俺自身よく分からないというのが正確な答えだ。

しかし彼女はそれじゃ許してくれないだろうから、思い付く最も有力な理由を答える。

「....お前が俺を刺す直前、俺と目 合ったろ?」

「そうなの?」

「そーなの。あの目がねぇ....すげヨカッタの」

「ごめんよく意味が分からないよ変態マゾ野郎」

指をごきごきと鳴らしながら笑顔で彼女が俺に言う。

そんなことしちゃ、折角の美人が台無しだぜレディ。

「どっちかってとサドだよなー。

 壊すのは俺にとって楽しくて面白いこと。なのにお前、顔は笑ってたけど何かに怯えてた」

殆ど覚えていないらしく、彼女は首を捻る。

覚えててくれなくても良いんだ、別に。

それにあの時俺が本当に楽しさだけを感じていたかと問われたら、

肯定できないかもしれない。

恐らく俺も心の何処かで何かに怯えていたのだろう。

「なんつーか その目にね、惹かれたの」

幼子のような表裏のない笑みを浮かべて俺が言うと、

彼女はやはりよく分からないという顔をした。



「壊すだけより、俺が壊れる寸前まで傷付けて、

 それからまた俺が傷を直す方が楽しいってコト」


「....変態サド野郎め」












詩的な30のお題 22.君が壊れる、音がした

(05.10/11)