「さよなら」

そう言った彼女の感情を、俺は詠むことができなかった。










    離 別










「どうしてだ?」

問うと、彼女は困った様に笑って首を横に振った。

別れとは、こんなにも唐突にやって来る物だったのか。

奇妙な話だ。

別れなんて、死ぬことでしか訪れないと思っていた。

「俺に愛想が尽きたのか?」

「そんなんじゃないよ」

「好きな人間ができたのか?」

「ちがう」

冷静な顔をして、必死に彼女の心境を探った。

哀しみではない。

しかしそれは憎しみでも愛しさなんかでも勿論喜びでもなかった。


嗚呼また俺の知らない感情だ。

人間の感情は、俺には種類が多過ぎる。

「ごめん」

こういう時、サングラスをかけていて本当に良かったと思う。

目を合わせるのが怖いだなんて、なんて情けない話なんだろう。

「いんだよ。気にすんな」

「でも、」

彼女が何か言おうとしたが、俺はそれを制した。

何故俺が振られているのに彼女の方が辛そうな表情をしているんだろう。

思わず少し笑ってしまった。

「神!」

「..........悪ィ」

「鼻で笑わないでって、何時も言ってるじゃない」

言われてまた、今迄のことがリピートされる。

それらは『思い出』と呼ぶには新しく、『記憶』と呼ぶには古過ぎるだろう。

何時か俺は其れらを迷わず『思い出』と呼ぶ様になるのだろうけど。

その時俺は、彼女は、誰といるのか、まったく想像も付かない。

「お前と過ごした時間、すっげ楽しかったよ。幸せだった。

 じゃあな。俺にお前は勿体ねぇよ」

どんな顔をすれば良いのか分からなかったから、とりあえず笑った。

視界が滲んで、彼女の顔が見えなかった。

死とは違う形で迎えた永遠の別れ。

二度と元に戻れることはない、だろう。

いくら俺でもそれくらいは想像が付く。

俺はにこりと笑ったのに、彼女の表情は険しくなるばかり。

折角の美人が台無しだぜ?

「いいっつったろ。人間は変わる生き物だ」

「そんなこと..」

「あるね。

 構わねぇよ。俺はそんな人間が好きなんだから______










「なんで黙ってんの?」

「私は、あなたですから」

「ああ成る程」

歩く俺に音も無く付いて来る俺の影。

繋がった足をつたって嫌でも伝わる俺の感情。どうやら影のは俺に伝わらないらしいが。

何時だったか好きな女に似せて創ったそいつは、ただ俺に付いて来る。

「辛くなかった訳じゃねぇんだ」

大気中に溶けていく俺の声。

こんな消え入りそうな、自信無さ気な声が俺から出るとは知らなかった。

弱味なんて見せたくない。格好悪ィだろうがよ。

泣くなんて論外だ。俺はどうして弱くなってしまったんだろうか。

好きな女の影を創る行為も女々しいと思うが、

どうしてか、その本人が死んだ時だって、俺は泣きすらしなかった。


なのに、どうしてだ。


影が気を使ってか差し出したハンカチを、俺は無視した。

俺にとって認めるということは負けることだ。


きっと君は、今頃俺の知らない誰かを想ってる。












それっぽい言葉で12のお題 11:消え入りそうな声

(05.08/21)