暗闇が俺を蝕む。侵食される。



早く、

早く俺を此処から出してくれ。










1.綺麗な羽のへし折り方










「っおい影!どういうことだ!」

「どういうも何も....説明したろ?」

紐状の何かが蠢いて絡まり俺の身体の自由を奪う。

今の状況を表すなら、十字架にかけられたキリストか。

勿論俺はキリストじゃないし、十字架にかけられているわけでもないけれど。

「要するに、お前の思い違いさ。

 影は俺じゃなくてお前。分かる?」

「何を......」

「お前は神なのに人を救えないし、殺せない。運命を変えられない。変えてはいけない。

 それはお前が偽の神だからだ」

意識が歪む。

血管を何か(恐らく俺の身体を拘束してる物と同じ物)が這っていく様な感触。

目の前で嗤うのは長い付き合いの、そいつ。俺の影。

酷いと思わねぇ?俺はお前のこと信じてたのにさ。

なぁ 影。

「お前が勝手に信じたんだろ」

「....さっすが、人の心も詠めんのね」

「お前にできることが俺にできねぇ筈ねぇだろ。

 例えばだ、お前は不老不死にできている。が、俺はお前を殺せる」

「運命を変えられる ってか......」

「そう。俺は神だから。

 お前が神ってのは嘘じゃない。お前はこの世界の神だ。

 しかしこの世には沢山の世界が存在している。

 俺がその、この世全てを統治する一番偉い神ってワケ」

影はにこりと笑う。

何時もみてぇな小馬鹿にした様な笑みを浮かべてくれれば俺も冗談だと思えるのに。


このまま闇に沈めば俺は間違いなく死ぬのだろう。

それも悪くはない、とも思ってしまうのも事実 だが、










一言で言うなら哀れ、だな。

折角貰った命を無駄にするなんて馬鹿の極みだ。

そのおかげで俺は世に出られるんだから有り難い話でもある。

やっと俺の願いが叶うんだ。

「んじゃ、そろそろ俺は仕事もあるし帰る。

 お前も精々こいつみたくならないよう注意するんだな」

「........ならねぇよ」

「どうだか」

肩を竦めて影..いや神は嗤うと、人間の姿へと形を変えた。

この少年の姿で、一体どれだけの時間生きてきたんだろう。

俺には想像すらつかない。

「こいつが死ぬまでこの方法じゃまだまだ時間がかかる。あとはお前の好きにしていい。

 今すぐ殺してもいいし、助けてもいいし、じわじわ痛ぶってもいい。

 じゃあな。あとは任せたぜ。MZD」

そう言って無邪気に笑うと、そいつは闇の中へと姿を消した。

闇に囚われた(紐状の奴に絡まる黒い物体を俺は闇を具現化した物だと思ってる)奴を見やる。

まだ意識は保っているらしく、俺は奴と目が合った。

特に睨むでもなく、奴は平然としていた(偽者とはいえ神だからか?)。

「..良かったな、まだ暫くは生きられるぜ?」

「やー.....俺としてはどうせならスッパリと殺してくれた方が楽なんだけど」

「楽になんて殺してやるかよ」

俺が言うと奴は憎まれてんなぁ、なんて言って少し笑った。

何処に笑う余裕があるんだ てめぇは。

生に執着しない。

変な奴。

「..........お前」

「あ?」

「俺と全く同じ容姿だと思ってたけど左右逆なんだな!」

新しい発見をした子供のようにそいつは喜ぶ。

何処のガキだよ。

「鏡みてぇ」

けらけらと笑って奴は俺の髪を引っ張ったから 思いきり頭を叩いてやった。

闇の拘束は思ったよりも緩いらしい。

奴に逃げるつもりが無いからか。

俺の時はぎりぎりと締め付けたくせに。


確かに奴の言う通り、前髪の分け目もピアスの穴も左右逆だ。

奴の左手の薬指で確かに存在を主張する指輪だけは、俺の右手にはないけど。

「あのさー」

「......今度はなんだ」

「要するに俺はこのまま何時か死ぬんだろ?」

「そうなるな」

「理由は、俺が沢山の人間の運命を意図的に変えてしまったから。是からも変えてしまうから。

 本物の神ではない俺に、人の運命を人在らざる力で捩じ曲げることは許されない。

 のに、俺は紛いなりにも神の力で人間の運命を変えた。許されないことをした。

 コレはその、罰」

「.....そんな処じゃねぇの?」

俺にも正直よく分からないが、あの神様も何らかのルールに従って生きているんだろう。

漸く、奴は落ち込んだような表情を見せる。

尤もそれが普通な筈なんだけど。

「俺は..まーアイツの手下みたいなもんか。

 お前は?」

「俺?」

「他に誰がいんだよ」

「..........予備」

「え?」

俺はずっと此処に居た。

今は奴を縛るそれらが俺を拘束していた。

たった一度だけ神は俺の前に姿を現した。

俺は奴の予備で、奴は明るい世界の下で幸せに暮らしているんだと。

狡い。悔しい。どうして俺だけ。

嫉妬。憎悪。

俺を取り巻く感情は周りの闇より暗く、重くて。

俺にはそれらの感情を馬鹿らしいと嗤う余裕もなかった。

どれだけの時間俺が此処に居たのかは分からないが、それは俺をおかしくするには十分な時間だった。

「お前の、な」

お前がいなければ、お前がいなくなれば

俺が明るい世界の中で生きられるのに。

「俺に死んで欲しかったのか」

「単純に言えばそうだ」

「じゃあ望みが叶うな」

「..........ああ」

そう、俺はもっと喜んでもいい筈だ。

なのにいまいち喜べないのはどうしてだ。

ずっと俺はこの日を待ち望んでいたのに。

「んじゃさ、一個だけ頼みたいことあるんだけど」

「..物によっては叶えてやる」

素っ気なく答えると奴は嬉しそうに笑った。

「俺の彼女にさ、ごめんなって伝えといてくれ」

「..............」

「駄目?」

「..分かった。ただしその女が俺がお前じゃないと気が付いたら、だが」

「さんきゅ」


どうして

どうして てめぇは笑うんだ。

生きたいなら生きたいと言えばいいのに。

こんな処で格好付けたって、何より惨めなだけだし死んだらもう何もできない。

「お前は......生きたいとは思わねぇのかよ」

「思ってるよ」

「なら........」

泣いてでも生きたいと俺に縋ればいい。

助けを乞えばいい。

「お前が、俺にそうして欲しいんだろ?」

分かってるとでも言いた気に奴はにやりと笑う。

分かった様な口を利きやがって。

お前に何が分かる。

しかし、残念ながら恐らく奴の言う通りだ。

「どうして......」

「分かるさ。お前は認めたくないだろうが、俺とお前は同じなんだから」

「..お前がそうしてくれれば、俺は素直に喜べたんだ」

なのにお前は、悲しくなんかないとでも言うかの様に笑うから

俺がこうも執着する生に、お前は全く執着しないから。

「それに十分生きたし」

「...もういい。お前と話してると苛々する」

「じゃあ殺す?」

「長い時間をかけて苦しめてやるっつったろ」

「また来るんだろ?俺の苦しむ様を見に」

「......どうだかな」

曖昧に笑って踵を返すと、俺は世界へと足を踏み出した。

今日から俺が奴だ。

俺が、奴のいた世界で生きる。

誰にも邪魔はさせない。

邪魔をする奴は消してやる。


俺は二度とあんな処には還らない。




扉は開かれた。

鳥籠から飛び立てばきっと素晴らしい世界が待っているだろう。










 To be continued

マシンガンをぶっ放せ