最初、唐突に話しかけてきた少女が、

疎ましい、と、素直に思った。










アンテナ、デンパ受信ス。










「何、してるんですか?」

一瞬、空耳かと思った。

「..............は」

「何を、しているんですか?」

声のした方を振り返り、思わず素っ頓狂な声をあげると

年端もいかぬ少女、が。

...........此処は、屋根の上じゃなかったのか?

「..................アンテナ、を」

「アンテナ?

 ....ってあの電波受信するやつ」

「ええ」

一体、どうやって登ってきたんだろう。

第一、別に聞き取れなくて聞き返した訳じゃないのだけれど。

俺が此処に登る為に駆けた梯子は 俺の視界の中にある。

其れから登ってきたのなら、寝ていても気がつく。はず。

「なんで?」

なんでって...........

「仕事ですよ。アンテナ売りですから」

「へぇ。あ、もしかして」

「はい?」

ふと思い出したようにその少女はポン、と手を打つ。

今度は一体何を言い出すのかと、俺は外には出さずに身構える。

これだから人は嫌いなんだ。

特に子供。何を考えているのか全く分からない。予測不可能。

「ミミちゃんにアンテナあげたのって、アナタ?」

びしりと俺を指さして、直球で訊いてくる少女。

訊いてどうするつもりなのか問うてやりたいが、得意の営業スマイルで通す。

薄っぺらい笑顔と、良さそうな人を演じることはアンテナ作り以外に唯一の特技だったりする。

「そう、ですね」

あの黄色いアンテナは、彼女が釈迦の生まれ変わりである印。

あまりにしょっちゅう彼女がアンテナを落とすものだから、

思い切り頭のてっぺんにぶっ刺してやった。

..その場の勢いでやってしまったことだったが、意外と結果オーライ。だったりする。

「アレ、いいな。かっこいい」

「.......................そうですか?」

「うん」

随分と、変わった趣味を持った人も居たものだ。

彼女ですらも、格好悪いだとか、変だとか、ダサいとか、しばらく文句を言っていたのに。

最近は何も言わないけど。

「アンテナ売りさん、私もアンテナ、欲しいな」

「別にいいです、けど....」

あれは、釈迦の生まれ変わりの証だから。


しかし、まぁ、よく考えてみれば釈迦のアンテナは、

なんだかんだと こじつけじみた由来で黄色でなければいけないらしい。

なら、逆を云えば黄色じゃなければ釈迦の生まれ変わりの証にはならないんじゃないか?

屁理屈、とも言われるのかもしれないが

屁理屈だって理屈は理屈だし、

よく考えてみればそうだ。

「黄色じゃなければいいです」

「何色でもいいよ」

「あと、痛いですよ? 刺しますから」

「平気」

本当に平気なんだろうか。

もしこれで刺してから痛いだのなんだのと泣かれたりしたら、

しかも親に言われたりしたら、

かなり面倒な事になるんじゃないかと。

と、云うより何より、今、俺は仕事中なのだが。

しかし、素直に期待するような眼差しで俺を見つめてくるその子を

この場に放置しておく訳にもいかず。

「..じゃあ、是」

調度、昨夜に作った風車型のアンテナが、手元にあった。

昨夜唐突にこれを作ろうと思ったのは、きっと今の為だったんだろう。

そんな神のお告げ的なものなど、信用する人間ではないが。

鞄から出したアンテナの色は、血を吸った様な赤。

きっとこれから彼女の血を吸い更に綺麗な赤になるのだろうか。

「いいの!?」

素直に喜ぶ。子供だ。

しかし この手の子供は扱い易くもある。

「どうせ、このアンテナは使い道もないし」

「有り難う!!」

「付けたら一生取れませんが?」

「平気」

「..そう」

とても、本当に嬉しそうに、はしゃぐ。

不思議な子だ。

大人しく俺の前にだしたその子の頭に、深くアンテナを刺す。

..彼女の頭に刺したときも、こんな感触だったかな。

人を刃物で刺すときの感覚も、こんな感じなのだろうか。

髪が、血で、濡れた。

当初云った通り、本当に彼女は何も云わなかった。

「ごめん、髪に血が付いた」

「洗えば落ちるからいいの」

云って、その子は手で頭のアンテナに触れ、嬉しそうに笑う。

こんなに嬉しそうな顔をして貰えるなら、アンテナ売りも悪くないと思う。


仕事を妨害された不快感は、とっくに消えていた。

忘れたと、言うべきか。










「アンテナ売りさんは、何時も、一人で仕事をしてるんですね」

「一人の方が気楽なんですよ」

あれから何日か経った。

風で、少女のアンテナがカラカラと回る。

今回のアンテナは大きいので、一人で作るには時間がかかる。

あの日から少女は俺が屋根の上に登るときには其処に居るようになった。

流石に一人で黙々と作業をするのは気が滅入るから、こんなのも悪くはない。

「でも、それ、見ていて何人か居た方がやり易そう」

「合わないんですよ、私は。他人と」

俺はアンテナを取り付けることは出来ても、自分自身はアンテナを持っていないから。

誰かの思いを受信することも、自分の思いを発信する事もできない。

そんな状態で付き合っても、大抵相手は俺を嫌う。

そういう俺も仕事だと割り切っているが多少のことで絞め殺そうかと思ってしまう。


だから、俺はずっと一人だ。

寂しかったことなど全く無いと云えば嘘になるけど、隣に居てくれる人を欲した事は一度も無い。

「寂しい?」

「....まあ、時たま」

二十何年という時間の中で、数える程だけだけど。

その時は、本当に不安に押し潰されそうになる。

「じゃあ受信できるようにアンテナを持てばいいじゃない」

さらりと、少女が俺に云う。

一番難しいことを、簡単そうに云ってのける。

「......私は頭に刺すのはごめんですよ」

「じゃあ、私があげる。」


少女が差しだした手には、赤い一輪の曼殊沙華。

俺が呆然としていたら、少女はその華を俺の作業着の胸ポケットに入れた。

「私が、このアンテナからアンテナ売りさんに送るから、

 ちゃんと、キャッチして頂戴な」

にこりと笑って、頭のアンテナを指さし少女は確かにそう言った。

馬鹿らしい話と云えばそれまでだが、少女は確かに真剣そのものだった。


「..努力は、してみます」


満面の笑みを浮かべると、少女はその場から去っていった。

明日になればまた居るのだろうと思ったけれど、少女は二度と戻っては来なかった。

幻だったのだろうか。 あの少女は。



今思い出すと、確かに全部夢だった様な気もする。

シャンプーのCMにでも出てきそうなくらい綺麗でさらさらな漆黒の髪や、対照的に白い肌。

綺麗に整った顔は、少女を人形的に見せてしまう。生を感じさせない。

それでも、ふと見せる無邪気さに少女が子供で、人間なのだと気付かせた。

思い出にしては綺麗過ぎるし、夢や幻にしては克明過ぎる。


ただ、俺はその日から 声を聴くようになった。





貴方ハ 今 何ヲ シテ イマスカ?

何ヲ考エテ イマスカ?


一人ダ ナンテ 思ッテ イマセンカ?

大丈夫 デス。

何時モ 貴方ハ 私ト 繋ガッテ イマス カラ。





答える術など知らぬ俺は、

今日も私はアンテナを作り続けていますと謂う。


今はもう枯れたから捨てた曼殊沙華と、赤いアンテナはよく似ている。












(05.04/02)