生き易くなった筈の世界は

僕にはただ息苦しい。










Re:










今、人間の平均寿命は八十歳を超えています。それにも関わらず無気力な人間が多いのは何故でしょう。
昔は手のかかること、面倒なことは数多く存在していました。
しかし、今の現代ではそういったことは目に見えて少なくなっています。
手を掛けないメールは、手軽に他人に思いを伝えることができますが、手紙ほど思いの強さを持ちません。
それでも携帯は彼らを「繋がっている」という気分にさせます。
だから若者達が「生きている実感がない」だとか、「なんだか居場所がない気がする」だとか、
そういった類のことを言うのは、当然のことなのでしょう。


何時だったか読んだ文章が脳内でリピートされる。

一部違う気もするが、確かこんな内容だった。

『この世界は生き易すぎる。故に行き難いのだ』 と。

まったくもってその通りじゃないか。


生憎僕は携帯を持っていても、メールをする人間なんて片手で足りるほどしかいない。

両親や親戚と、一度も使ったことがないクラスメイトのアドレスが幾つかと、彼女。

彼女とメールをすることが一番多いのだが、いまいち何時もどんな話をしているのか分からない。

残念なことに僕は、メールをしていても誰かと繋がっている気になんてなったことがない。

なれるのなら一度なってみたいものだ。是非とも。


そんな訳で僕は何にもならない薀蓄をつらつらと並べて、あーだのうーだの意味のない言葉を漏らしていたのだが、

目の前の小さな液晶はデジタルな文字を映し出すだけだ。

ボタンを押さなければ何も変わらない。動かない。

彼女とは、何時だったか、喧嘩した日から一度も話していない。メールも当然していない。

喧嘩と言っても、殆ど彼女が一人で不平不満を叫んだだけで、僕はただ言われていただけだったのだが。

まあ理由やらはもうあまり覚えていなくて、ただ僕は彼女に悪いことをしたんだなぁと漠然と思っていて、

理由はともかく謝ろうと思っていた。ともかく、というよりもう覚えていないんだからどうしようもない。

液晶の前で僕は呻く。

無常な文字がちかちか揺れる。目が痛い。

喧嘩をしたにも関わらず、内容は他愛もないバンドの話。阿呆か僕は。

要するに其れをきっかけに勢いで謝ろうという寸法だ。我ながら安易だ。安易。面白いほど安易。

......やっぱり僕は阿呆だろう。

何時からそんな、メールで告白するような輩と同等に成り下がったのか。

我ながら、こう、自分に吐き気を催す。 何時ものことだが。


覚悟を決めて(というかもう散々悩んだから逆に吹っ切れて)送信ボタンを押す。

呆気ないモンだな。なんだってそうだ。

なんで押しちゃったんだろうなんて少し後悔して、枕に顔を埋める。

二、三分経って、はたと気付く。


ああ、是 彼女が返信してくれなかったら、なんの意味もないよな。


やっぱり僕、何時の間にか阿呆になったんじゃないのか。

最近試験の点数や順位も着々と下がっている、し。

どうしたもの、か。

頭を抱える。抱えた処で何か変わるわけじゃないんだけど、気分の問題だ。抱えたい気分なんだ。


此処は神とやらに祈るしかない。

どうか彼女から返信が来ますように。神様。

半ば懇願するように祈る。

どうかどうか、どうかお願いします。


枕に顔を押し付けているうちに、急激な眠気に襲われる。眠い。

勉強をしなくてはいけない。是以上阿呆になったら困る。僕が。

そう思いながらも徐々に意識を侵食される。

寝てはいけないと叫ぶ僕と、もう寝てしまえと自暴自棄な僕が揺れてる。

嗚呼どうかどうか願わくば、

彼女が僕に送信ボタンを押しますように。 どうかどうか。


すぐ目の前にあったCDコンポの再生ボタンを押す(眠気覚ましだ)。

好きなアーティストの曲が流れる。やっぱり音楽は僕の生き甲斐だ。

是があるから僕は生きていける。

それに一番の良い処は、音楽は僕を裏切らないということだ。人間じゃないからね。


視界の隅で、携帯の液晶が光った気がした。












恋する51のお題 17:願わくば

(05.11/13)