「知ってるよ、私。

 ナカジはとても優しい人だから」


微笑みながら、

君は僕に呪いの言葉を吐く。





















ずっと誰かを何かを僕は求めてた。

其れは僕には見えないくらい遠くにある物で、僕には見えないくらい眩しくて

それでも手に入れたくて追い求めてでも届かなくて、

歯痒くて苛々した。続くジレンマ。

悔しい。


其処らの何も考えずに生きている奴らが得られて、僕は得られないなんて。

でもきっと奴らの其れは、得ていないのに得たと思い込んでいるだけで、

僕も奴らと同じようにさして考えていないのかもしれない。

どうだろう。解らない。

でも解らなくて良い。解らないほうがいい。



「ナカジ」

「うん」

何時ものように本を読む僕の肩に頭を乗せて、彼女が言う。

彼女の位置から僕の見ている本の中身が丸見えになっているが、別に疚しい物じゃないから気にしない。

何処かの大学の教授だかの論文だ。普通読んだってそう楽しい物じゃない。一般的には。

しかし人の考えを知るのは良いことだと思うし、事実は知識として吸収できる。

意味のない物語よりずっと勉強にもなると僕は思うけど。

人の考えを知ることだけが目的ならば物語の方が楽しくもあるだろうが。

物語も嫌いではない。が、読んでいて虫唾の走る物が多すぎる。

夢ばかり語らないでくれ。 と、

「ナカジ」

「うん?」

「帰らないの?」

「...........そうだね、帰ろうか」

読んでいた本をぱたんと閉じて、彼女の方を見るとばちりと目が合う。

もう幾千も(其れは少し言い過ぎか)目を合わせてきたけど、やっぱり恥ずかしくて直ぐに目を逸らした。

一瞬彼女は不満そうな顔をするも荷物を持って立ち上がる。

既に日は暮れて夜になっている。そろそろ先生が見回りで来るだろうから早く出た方が良い。

校舎の中にいる生徒は僕と彼女くらいだろう。


得たかった物がある。

欲しかった物がある。

何時からかは覚えていないけど、気が付いたら欲していた。


僕は其れを、手に入れた?



僕の袖を掴んで隣りを歩く彼女を盗み見る。

冬が近いらしく、風が冷たい。

彼女の吐く息が、白く大気中に溶けてく。

「ナカジ」

「うん」

「好き」

「........うん」

君は今日も僕に好きだと言う。

飽きもせずにそう何度も。

ずっとずっと望んでた物。僕が欲しいと思っていた物。

今は僕の手の中にある。多分、でも確かに。

辿り着いた光の中。


光の中は想像よりは冷たくて、驚くほどに目に痛い。

嗚呼少し期待し過ぎていたのかな、なんて。

忍び寄る影は闇の中でとは比べ物にならない程強大で屈強に思えて怖くなる。

得た其れは、急速に魅力を失う。

つまりは、

夢は叶えば現実というなんの味気もない物になってしまうということ。


僕は望んでた物を手に入れた。

僕は理想と現実のギャップに失望した?



誰もが僕を嫌いだと言う。

そうでなくても、どうでも良いと。

必要とされない人間などいない?

誰だそんな綺麗事を吐く奴は。

現実、今日この国では毎年何万人も自殺してる。それでも世界は正常に回っている。

誰だって一人でも生きていけるし、好かれなくとも生は続く。

上手にこの世界で生きていくには誰も信用しないことが大切だ。

迂闊に信用するな。寝首をかかれるかもしれない。

どんなに想い合ったってやはり僕は僕で君は君であって、飽くまで違う個体だ。

想い合うことと解り合うことは違う。


君が吐いた呪いの言葉は僕の望みを叶え同時に僕を激しく苦悩させる。

望みは叶い、輝かしい夢はモノクロの現実になる。

“知ってる”?

君は僕の何を知っているんだ。それなのに偉そうなことを。

好きだなんて、それも嘘。

こんな欠落だらけの人間の何処が良いんだそれにどうせ君だって僕のことを何も分かっちゃいない。

本当の僕を知っているのか? 醜くて卑屈で我儘で意地悪で利己主義者な僕を!!


「知ってるよ。ナカジ?」


外気に晒されてすっかり冷えた君の手が僕の手を握る。

冷えていても其れはやはり人間の物で、微かな温もりを僕に伝える。

微かだけど確かな其れを、僕に。

呪いの言葉と共に。

「..............うん」

確かに君は他の人間よりずっと僕のことを知っているかもしれない。知っているだろう。

だとしても其れは より であって完璧に知っているわけではない。

きっと彼女も解っているんだろう。

其れでも君は僕を好きだと言うのだろう。

其れでも君は僕を信じるのだろう。

其れでも僕はまた、

「ナカジ、醜くない人間なんていないでしょ?ナカジは知ってるか知らないけど、私だって沢山ある。

 私はナカジが好き。全部、ナカジの全部を。

 ナカジは人間の醜い所、誰よりも理解してて、其れはナカジを悩ませるかもしれないけど、

 とても人間らしいと思う」

「でも」

「ナカジは?」

呪いの言葉。

夢は現実になり悪夢を見せる。

望みは僕を苦悩させ突き落とす。

だけどやはり君は君だ。

紛れもなく僕が愛している君である。


夢の中でも現実ででも、

君は何時でも君のままだ。



「うん」

思わず笑って僕が言うと、君は膨れっ面をする。

少し失礼かもしれないが君がそんなことを考えているとは思わなかった。

「うん、だけじゃ分かんない」

「だろうね」

笑いを止められず右手は繋いだまま左腕で地震の腹を押さえる。

何が面白いとか、そういう訳じゃないんだけど。

「好きだよ、僕も。

 本当のことを言うと、君の全てを知っても永遠に好きでいられると言い切る自信はないんだけど」

自分を信じると書いてできるその気持ちを、僕が持っている筈がない。

僕の手を握る小さな手に力が入って、君は少し曇った表情になる。

自信なんてある筈ない。絶対なんてないんだから。

百パーセントと言えることがあったら誰も苦労しないだろう?

世界は予測不可能なことで満ちているから誰もが苦労するんだろう?

本当のことなんて、僕なんかに分かる筈もないが。

「嘘でも良いから絶対って言ってよ。

 だけど嘘になってしまった時は______________________


「うん」


君は微笑して、僕も薄く笑って道を歩く。

何時だったかこの道でギターを抱えて歌ってたな。確か中学生のとき。

今はもう此処で歌うことはない。其れが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど。


「ずっと一緒にいてよ」

「必ずね」

夢にだって悪夢はあるし、現実だって幸せな時もある。

永遠に一緒にいれたらいいと。

永遠なんて存在しないけれど。



欲しかった物を得た。

得た其れは、急速に魅力を失う。



つまりは、

夢は叶えば現実というなんの味気もない物になってしまうということ。




世界は白黒に戻りつつある。

それでも僕の世界を着色するのは、何時だって他でもなく君なのである。












恋する51のお題 34:肩

(05.11/19)