例えばこの歌が君に届くとして、僕は何処で歌えば良いのだろう。

墓前だって仏壇だって、君の写真を見たって、現実味なんて相も変わらず沸かないんだ。


何処でだって僕が歌えば君は聴いているのかな。

なんて、そんなことを思う自分に哂いが込み上げてきて反吐が出るんだ。 本当に。


込み上げる自嘲の笑みと共に、矢張り僕は死んだ方が良い人間なのかな。なんて










センチメンタル











君は笑うだろうか。


僕はあれ以降一度も学校に行っていない。

何故かって、そんなの只単にとうとう本気で億劫になってしまっただけだ。

きっとクラスの奴らはありもしない話を捏造して、僕と君を薄汚い関係にでも仕立て上げているのだろうな。

いや、そんなことすらされないくらい、僕らの存在は薄くて見えないものだったのかもしれない。


君は笑うだろうか。

僕はあれ以降君の代わりにとでも言うかのように毎日血を流していた。

何故かって、そんなの別に切りたくなるから切るだけだ。理由なんて無い。

たまにどうしようもなく虚しくもなるけど、其れも別に君の所為などでは無いんだ。けして。



君は、笑うだろうか。




こんな僕を。

さ。










貴方は知っているのでしょう?

この世に溢れる期待 夢 未来 希望 病 狂気 憂鬱  絶望       死。

幸せも悦びも無い。


けれども此処には絶望も憂鬱も、死すら存在しない。

嗚、早くお逃げなさい血の流れぬ処まで。


言わなくたって知っているのよ。

貴方は何時までだってどうしようもなく寂しい期待をするのでしょう。

やがて老いさらばえてから後悔するのかしら。 いいえ幾らなんでも其の前には気付くのでしょうね。


あたしが何処に向かっているのかは、知らない。けれど。










君が歩いたであろう道。

何時の間にかすっかり雪は溶けてしまった。

何時の間にかすっかり辺りは春になって、夏になって、よく判らない秋が来て、また冬に戻る。



君は何を思って死にましたか?



もう何度目にもなる同じ質問を脳内だけで君にして、僕は溜め息を吐いた。

生憎僕には霊感なんて無い。君がもし幽霊だなんて非科学的な存在として今の僕の目の前に立っていたとしたって、僕に君は見えない。

し、別に見たくない。


「僕は知っている。」


こうして今君を想って歩いているのも、「君が死んだから」であって、君が生きていればこんなことはしていない。

つまるところ、僕は「君が死んだ」と言うセンチメンタリズムに囚われているだけだ。

ずきりと手首の傷が痛んだ。

湿気が多いと傷は痛むなんて聞いたことがある。空気が湿気を孕んできたと言うことは、季節的には直に雪が降るのだろう。

彼女が僕を好きだったのかなんて知らない。僕が彼女を好きだったのかも知らない。

事実を挙げるならば、僕に判るのは彼女が死んだこと、もう一年以上が経つこと、僕は何も動いていないこと。

僕は死んだ彼女を想っているふりをして、何一つ動いていない。

(彼女が死んでから世界は何が変わったろう)

ほらまた。センチメンタリズムに浸かる。

之は僕が昨年見付けた新しい現実逃避。馬鹿みたいな夢想。

彼女が好きだったふりをして、つもりになって、好きな人を失くした可哀想な人間ぶって、


「愚かだ」


知ってる。










しかしぼくはそれを否定しなければならなくなった。なぜって、単純な話なのだけれど。

「きれい」

「うん、綺麗だね」

醜く中途半端に葉の生い茂った桜の木から雪の如く花びらが散っている。

僕は隣りにいるきみを見る。惚けたように宙を、宙を舞う花片を見ている。

柄にもなくなんだか僕は本気で恥ずかしくなって、(僕は発見した、本当の「恥ずかしい」は「死にたくなる」のとは別ものなのだ)、

きみから眼を逸らして俯いた。

汗ばんだ手が気持ち悪いと知りながら、僕は隣りに立つきみの手を痛くない程度に、強く握った。


彼女は桜の美しさもなにも、知らなかったのかもしれない。知っていたのかもしれない。

なんでもいい、僕は彼女になんの感情も抱いてはいなかったのだから。

僕が大切におもうのは彼女でなく、今隣に立つひとなのだから。



だから僕は毎日学校へ行く。

だから僕はもう血を流さない。意味がないから。切ろうと思わないから。


僕は平凡に成り下がってしまった。

さよなら、非凡な在りし日の僕。

僕が最も望み、最も厭うた非凡の僕。

僕の過去の残像となり永遠に消えることのない彼女よ。

さよなら。




今でも彼女が死んだ場所には花が添えられている。



「僕は死なない」












詩的な30のお題 10.傷と痛みと過去と現在(いま)

(07/04/25)