偽善者の蔓延る世界から逃げ出そう

お前の手だけ引いて。


浮ついた思想ぶち壊して

くだらねぇ綺麗事蹴り倒して

立ちはだかる壁を越えて

ずっとずっと遠くまで行こう。










箱舟迷子たち










どこかへ行こうと言った。

ずっと遠くまで行こうと言った。


お前はきょとんとした顔をして俺に問う。


「遠くって、何処?」


そんなことを訊かれても、決めていないのだから答えられる筈もない。

サングラスのおかげで彼女に俺の表情こそ見えないだろうが、

雰囲気で明らかに狼狽しているのがバレている。

堪えきれず彼女はくすくすと笑い出した。

「わ、笑うなYO!」

「いやねー、行き先くらい決めてから言ってよ って。

 それとその口調は少しどうかと思うよ」

まあ尤もであり当然の意見だ。

後半のつっこみはとりあえず今は流す。

どうやら答える気はあまりないらしく、彼女はいつまでも笑っているから

仕方なく俺も彼女の隣に腰を下ろすことにする。

風が冷たい。空は青い。

遠くで鐘の音が聞こえた。

五時間目は............まあサボるから何でもいいだろ。

どうせ今から行っても怒られるだけなんだから、わざわざ叱られに行くこともない。

「場所による」

「......俺は別にどこでもイイけど」

「何それ」

くすくすとお前は笑う。

お前と一緒ならね、なんてくさい台詞吐きたかねぇが実際そう思ってしまってるのは事実だ。

恋は盲目、とはよく言ったものだ。


くだらねぇ つまんねぇ。

繰り返し。毎日同じ。

面白いのは、そうさな、お前だけ。

幸も不幸も無い。

不幸にすら恋焦がれてしまう俺は阿呆だろうか。

同じことの繰り返しで、魂も磨り減って、

擦り切れた心じゃ面白いことすら楽しめねぇ。

うんざりだ。

なぁ、逃げようぜ。今すぐ、俺と一緒に

「だから、何処へ?」

「..........あの世?」

「却下」

「俺も」

はあ、と溜め息を吐いて空を仰ぐ。

例えば小学生のころから とてもとても勉強をして、

私立の優秀な高校や中学に入っていたら、俺の人生もっと変わっていただろうか。

......でも勉強だらけの人生ってのもパスだな。

弁護士や医者として世のため人のため働く俺、なんて想像できない。

世界の数人に影響を与えられたら万々歳なラッパーというのが妥当な線だろう。

「あのねぇ、ニッキー」

「ん?」

綿菓子みたいな雲がふわふわと浮かんでいる。

昔は何を見たって感動できたんだ。

いつから荒んでしまったのだろう。

「確かにこの世界は退屈だよ。

 だけど、其れを少しでも忘れられるから私はニッキーと一緒にいるんだけど」

ねぇ、と言って、お前は俺を見上げる。

不意打ち。卑怯だ。

普段ろくに好きも何も言わないくせに、急にそんなことを言うなんて。

らしくも無く、顔が熱い。

「真っ赤だYO。ニッキー」

「っるせぇ!!」

普段の俺を真似して、いらん身振りまで付けてお前が言う。

ちっくしょ。俺はいつだって手玉に取るほうで、人に弄られたりなんかしないのに。

こいつといると調子が狂う。

其れが、たまに、少し、楽しいんだけど。

「逃げようなんて考えないでよ。いつかは嫌でもこの生活は終わるの。

 不幸が訪れないのは、良いことでしょう?」

へら、と力なく笑うときのお前の笑顔は好きだ。

なんだか少し、肩に入っていた力が抜けて気持ちが楽になる気がする。


箱舟は出港する。

日常から逃げ出したい俺たちは置いて。

だけどその船に乗る気なんてとっくに失せてた。

お前さえ居れば大洪水で死んだって、地獄でだって楽園だ!

なんて、何処の少女漫画だよ、って突っ込んでやりたくもなる台詞を吐いてしまう。

俺はかなりの末期なんだろうなぁ。

嘘偽り無くそんなことが言えちゃう。

それが恋ってやつなんだろ。


擦り切れたって俺とお前は生きていける。

砂吐くような甘い台詞は、いざって時まで絶対言ってやらないけどな。






繰り返す 繰り返す 口の中だけで何度も何度も、


俺は子供だ、俺たちは子供だ、大人たちの人形だ、両親たちの人形だ、

俺は子供だ俺は子供だ俺は子供だ俺は子供だ俺は子供だ




耐えろ。

きっといつか逃げ出してやるから。












それっぽい言葉で12のお題 10.擦り切れた心

(06.03/22)