「友達」という言葉に疑問を持ったことなど一度もなかったし、

その言葉を使うことに躊躇したことだってなかった。


みんな友達、じゃ

どうしていけないんだろう。










Dear my friend










その子はオレの友達だ。

そうしょっちゅう話すというわけでもないし毎週遊んだりするわけではないけど、その子はオレの友達だ。

ー」

「...............タロー、なにか用」

不機嫌そうな表情でその子は振り返る。

いや、特に用があったわけじゃない、んだけど。

「えーと、一緒に昼ごはん食べない?」

用があったわけじゃない。

ただ昼休みなのに昼食も摂らずにぼうっとしていたが、なんだか、

.............なんていうんだろう。こういうの。

とにかく、用がないのに話しかけるとが怒るから

即興で考えた理由を付けて人懐こいだとか可愛いとかよく言われる笑顔を向ける。

とりあえず可愛いなんて言われても嬉しくないんだけど、まあ褒められてるんだから一応は嬉しい。の かもしれない。

はちらりとオレの手の中の弁当を見る。

「却下」

たった一言で切り捨てて、はまた窓の外へと視線を戻した。

机の脇にはいつもが弁当を入れているバッグがある。別に弁当がない、というわけではなさそうだ。

「なんで?」

「一般常識的に考えれば分かる」

一般常識って.........どんなのだよ!

分からないから訊いてるのに。

不貞腐れた顔をして、の机に頬杖を付く。

膨れっ面もしてみる。

弁当を取ろうとしたのか、ふとの顔がこっちに向いた。

目が合う。

一瞬の表情がなんとも形容しにくいものになって、それから少し噴き出した。

おお、笑った。

「なあ食べようぜー。一緒に。トゥギャザーしよう」

「そんなカタカナ英語で言われてもね」

「シャルウィーえーと、ごめん分かんねオレ阿呆だから。

 とにかく、飯を食おう!」

全っ然 説得力ねぇよ、とでも言いた気な目をから向けられる。

痛いですよさん。

どうせオレは馬鹿ですよ!知ってるよ!

オレの言葉に返事はせずに、は弁当を開け始める。

「タロー」

「んぁ?」

「あっちの子たち、呼んでる」

「え」

指差したり顔を向けたりもしなかったけど、大体分かってその方向を見る。

の言ってた通り、よく一緒につるんでたりする女子たちがオレに手を振って“こっち おいでよ”と言った。

なかなか気を利かせてくれる。

でもオレはと食いたかったんだけど、

「行きなよ」

の言葉にはあっちに行け という命令のような物が含まれている。

行かないと恐らく後が怖いですねー。

渋々オレは、また後でねとに告げて女子たちの団体に加わる。

ついでにオレとつるんでる男子の友達もそれに加わる。

結局クラスの四分の一くらいの人で集まって昼ごはんを食べた。

その間何度かの方を見たけど、はやっぱり一人で、時たま遠くを眺めたりしながら

黙々と弁当を食べてた。










「タロちゃんさぁ」

授業中の記憶なんてたいして無いまま、いっきに時間は放課後へと進む。

なんで此処まで記憶が..........あ、寝てたからだ。

さっき一緒に昼ごはんを食べていた女子の中の数人がオレに話しかけてきた。

別にいつものことだし、特にオレは気にしない。

「なぁに?」

今日は帰ったら明日の準備をしなきゃいけないから早く帰らないと。

鞄の中に今日の教科書やら筆箱やらを仕舞いながら応える。

「なんであの子と付き合ってるの?」

半ばその子の声音が変わる。

知ってる。陰口叩くときとかの声だ。

「あの子?どの子? オレ彼女ならいないけど」

「知ってるよそんなの!

 ホラ....昼休みも話してたでしょ。佐伯って奴!」

「ん?ああ.....話してたけど、それが?」

基本的にオレは感情が話している声に出てしまう。

少し、不機嫌そうなのが声に混じってしまった。

「タロちゃん、別にあの子と無理に付き合う必要ないよ」

「なんで?」

「だって............ねえ?」

答えに詰まったのか、隣りの子に話をふる。

一瞬フられた子も困ったような顔をしたが、言い難そうに、でも嘘とかではなくて言う。

「あの子さぁ....なんか、ウザいじゃん。

 口調とか、なんか偉ぶってて」

「あ、分かるー」

結局オレ一人除け者にして、その子たちはについて、正確にはの悪口について楽しそうに話し出す。

どうして人間って、悪口を言ってるときが一番楽しそうなんだろう。

普段あんまり仲良くない人も、同じ人の悪口だとすごく盛り上がったりしてる。

前に何かで聞いたけど、やっぱり人間は共通の敵を作ることでしか団結できないのかな。

「..........そういうの、止めようよ」

「なんで?タロちゃんだってムカつくと思う人、いるでしょ?」

「そりゃあ..そうだけど......」

不快な思いをしないで生きてくなんてできない。

でも、なんか、

「....悲しいじゃん。そういうの」

「どうして?」

「だって..............」

友達だから、

きっとそんなのこの子たちには通用しないんだ。

前にも、こういう話をした覚えがある。

結局何を言っても上手くかわされて、オレの意見は全く聴いてもらえなかった。

「タロー!明日の準備するって言ってなかったっけ?

 これ以上待ってたら遅刻しちゃうから私先行くよ」

声のした方を見ると、ことの原因であるが帰る準備もできた状態で教室の入り口に立っていた。

オレと話していた女子の目が、睨むようにを見る。

女子ってドロドロしてて面倒くさいなあ......

「今行く! んじゃ、また明日」

とりあえず事態が悪化しないよう、オレは急いで鞄を引っつかむとの方へ向かった。

視線が痛い。



ちなみに“明日の準備”というのは、明日行くサーフィンの準備のことだ。

は別にサーフィンはやっていないけど、この近辺に唯一あるスポーツ用品屋でバイトをしているから、

まあ成り行きで一緒に行ったりしているんだ。

話すようになったのも、それが きっかけ。

「..........タロー」

「ん?」

さっきから全力疾走しているわけだけど、もオレもあまり息は上がってない。

普段の筋トレの賜物だね!

「別に私と無理に付き合わなくてもいんだよ」

「......までそういうこと言う」

「うっさい」

「..聞こえてた?」

ちらりとの顔を窺う。

自分の悪口を言われていたのを聞いて、気分がいい筈がない。

「というか、前から知ってた」

「前?」

「ずっと、タローと話すようになってからは特に」

全然知らなかった。

どうして、全然気付けなかったんだろう。

オレのが、よりずっといつもあの子たちと一緒にいたのに。


急に足に力が入らなくなって立ち止まる。

なんだろう。なんか、その、

「タロー?」

も足を止めて、オレを見る。

どうして人の悪口を言うんだろう。

多少の嫌な思いくらい忘れなきゃ、誰とも付き合うことなんてできやしないのに。

............」

ああ、もう、本当に。

なんなんだろう。この、やりきれない..

なんだか やり切れない思いは!!

「ごめん」

本当によく分からなかったんだけど、

なんだかオレはにとてつもなく悪いことをしてしまったような気がして、

わけの分からない罪悪感に襲われて、気付いたら謝罪の言葉が口から勝手に落ちてた。

それと同時に熱い液体が睫毛を濡らして頬を伝った。


あれ、オレ、泣いてる?


少しは驚いたような顔をして、それから少しだけ困ったように笑う。

「なんでタローが謝るの」

「分かんないけど、」

とても謝らなければいけないような気がしたから。

明確に何故なのかは、分からないんだけど。

この、自分の感情すら分からない自分がもどかしい。

心を映す鏡は何処にあるんだろう。

其れさえあれば、オレは自分の心を明確にに伝えることができるのに。

そもそもオレのへの気持ち自体、とてもあやふやで曖昧なんだ。

友情と恋愛の境目、みたいな。

どっちかに傾いているんだろうけど、

それすら自分には分からなくって、

「ごめんね」

涙が幾筋も頬を伝って地に落ちる。

いくら謝ったって足りなかった。気がした。

「タロー.....、泣かないで」

本当に困ったように、オレより背の低いがオレを見上げてくる。

多分オレ、今 相当酷い顔してるんだろうな。

別に、にならこんな見っとも無いところ見せてもいいんだけど。

だってサーフィンで波に乗りそこねて転倒するところなんかも何度も見られてるんだし。



「泣かないで」

よしよし、と小さい子にするようにがオレの頭を撫でる。

はこんなに優しいのに。いい人なのに。



やり切れない思いと悔しさと薄っすらと影を主張する怒りがオレの中で溢れて、

其れを全部吐き出そうとしたのか、オレは日が暮れるまで泣き続けて、謝り続けてた。




その間、ずっとはオレの隣りにいて、

オレの頭を撫でてくれていた。


ずっとずっと。












詩的な30のお題 03.心を映す鏡は何処にあるのだろう

(06.01/09)