手の中のワイヤー越しに爽快な感触が伝わってくる。人間ってばっさり切られると、自分の身体の一部分がなくなったことにしばらく気が付かないらしい。感覚がなくなる前のまんまなんだよね(オレはなくなったことないから実際はどうか知らない)。猛烈な痛みが襲ってくるのは少ししてから。ま、もっとも大概の奴は知覚する前に意識を失うかずたずたに切り裂かれたショックで死ぬんだけど。
 相手方はオレのナイフとワイヤー捌きにすっかり戦意を失っている。躊躇した弾が王子に当たるわけがない。死んでいく同胞を見ながら真っ青な顔をした奴らの身体がどんどん切り刻まれていく。
「ししし、つまんねー」
 逃れる術のない恐怖を目の当たりにして絶望する虫ケラをぶちぶち潰すのは悪くない。でもオレはこんな殺戮をするためにわざわざヴァリアーに入ったわけじゃないんだよね。もっと強い奴とやりたいんだけど。
 今回の任務は同盟の一つである弱小ファミリーの殲滅だ。最近不穏な動きが多いから面倒事を起こされる前に消しておけと本部から言われたとかなんとか、そんな御託はどうでもいい(ファミリーの名前すら覚えていない確認すらしてない)(消えるもんの名前覚えてどうすんの)。お咎めなしにたくさん殺せるならそれで充分。強ければ尚よし。三十人ちょいとファミリーの総人数は少ないが、まあ確かに最近成長しつつあっただけに幹部はそれなりだった。ヒラは一般人同然の雑魚だったけど。銃を持ったってたいした技術もないんじゃ天才の前では一般人同然。
 このファミリーのボスは頭脳派で武術には長けていないらしい。最強はボスの側近の男。勿論オレはそいつを狙ってたんだけど、行きの車ん中でそいつが剣士だと聞いた瞬間目に見えてバカ鮫のテンションが上がった。車が停まるなりバカはドアを壊しかねない勢いで飛び出して闇の中に消えてった。叫び声が聞こえた。この程度の任務じゃ緻密な作戦は立てない。急がなければオレに先を越されると思ったのだろう(王子天才だからね)。バカの高テンションに中てられて気分が落ちたオレはとりあえず余計な発言をした運転手を殺して、車を降りた。帰り? 知らないね。
 それで目につく奴をテキトーに殺して来て今に至る。本当はもう面倒だったし帰りたかったんだけど、適当にやるとボスに怒られるし給料も減らされるし。給料なんてどうでもいいんだけど、怒られるのはちょっと嫌。こええもん。
 剣術って大人数相手には向いてないんだよな。基本的には一対一のための武器なわけだし。だからある程度雑魚は消してやった。王子優しー。でもブーツは汚したくないからさっさと車を停めた場所へ戻る。遠くから怒鳴り声が聞こえる。あーやってるやってる、本当うるせえなあいつ。どこからでてんのあの声。戻ってきたら、ナイフ十本。ああ早く帰りたい。
 肺いっぱいに夜の冷たい空気をためる。どうやら季節は冬らしい。暫く宙を漂う白い気体をぼんやり眺めていると、カツリ、無機質なブーツの足音が廊下に響いた。
「王子待たすとか、何様」決めた通り十本。九本はバカの髪や身体を掠めて本命の心臓を狙った一本は弾かれた。今は殺さない。ここに死体を残していくわけにはいかないし、死体を運ぶなんて嫌だし、王子は車の運転なんてしない。運転は従者の仕事。とーぜん。
「う゛お゛ぉい!! 危ねえだろぉ!」「うっぜー」
 余程楽しかったのか笑みが隠し切れていない。あー腹立つ。もっと殺ればよかった。ぐだぐだ言いつづけるスクアーロは無視して後部座席に上がる。一際大きな声があがった。やっとここまで車を運転してきた男が死んでいることに気がついたらしい。一人でなにやらぎゃあぎゃあ喚いている。どう言われてもオレは運転しないよ、王子だもん。
 ああ、早く帰りたい。帰りたい帰りたい。早く帰って、あの子をぎたぎたに切り裂きたい。




の中に王子
(08/02/09)