今日は彼の二十三歳の誕生日だ。奇数歳の誕生日にはボンゴリアンバースデーパーティーを催すのがファミリーの慣し。参加は強制だから、出し物を考えるのがこれまた面倒。一般人出のわたしはたいした趣味も特技もないし、つい一昨昨日はザンザスさんの三十三歳のバースデーパーティーだった。今日のものに比べれば多少規模こそ小さいものの、実際のところ血は繋がっていないとはいえ表向きは九代目の実子であり元十代目候補だ。こんな数日おきに大きなパーティーしなくていい。一般人には重過ぎる。そのときの出し物もうまくいかなくて、危うく最低点をつけられるところだったのだ。最下位は死をと銘打たれてはいるが、あの九代目やツナのことだから本当に殺されはしないだろう。しかし主役があの暗殺部隊ヴァリアーのボスともなれば話は別だ。本当に殺されかねない。ザンザスさんもザンザスさんで、わたしがツナのええとなんて言うの、こ、恋人? だから面白がってわざとあんな低い点数をつけたとしか思えない。あの日のツナの笑顔は怖かった。黒かった。満面の笑みで「ザンザス、表に出てちょっと運動しないか」なんて言っていた。え、なに、あの人たち怖い。一般人着いて行けない。(こんなこと言ったらあの人「炉子もファミリーの一人だよ」なんてやっぱり笑顔で吐かしそうだ)(リボーンの強引さが移ってしまったんだと思う)
 そんなわたしの気苦労を察してくれてか、ツナは今日の出し物のことは気にしなくていいと言ってくれた。ああそうか、例の超直感とやらで察してくれたんですね。なんて優しいダーリン。わたしは出し物の道具を準備しながらああだこうだと四苦八苦している獄寺くんを尻目にイタリア料理を楽しんだ。出し物から解放されたボンゴリアンバースデーパーティーは楽しかった。それはもう素晴らしく。料理は美味しいし、余興も絶えない。マフィアと言え芸人じゃないから大概の人は面白くないけれど、たまにかなり見物なものもある。先刻はベルさんがナイフでジャグリングをしていた。最後の一本が頬を掠めかねない勢いで飛んで来ても、ツナは笑顔を崩さなかった。やっぱりなんだかおかしいぞこのパーティー。相変らず空回っている獄寺くんの手品(本当にタネも仕掛けもない)で微妙に張り詰めていた空気が和む。今回の犠牲者はランボだった。ご愁傷様です。わたしは山本が持ってきた寿司に手を伸ばした。うん、イタリア料理もいいけれど和食もまたまったく違う趣で美味。手品は終わり、また地味な出し物がぼつぼつと続く。暇なわたしは飲んで、食べて、食べて飲む。本部の専属シェフはたいした腕だ。こんな素晴らしい料理を作る人を、マフィアが独占してしまっていていいのだろうか。あまり欲望のままに食べてはだめだ、太る、太るぞわたし。制止する声はがんがん頭の中で響くけれども暇だし手持ち無沙汰だしと何やかにやと理由をつけて、食べる手も口も止まらない。ああ、今夜体重計に乗るのが怖い。
 暗い気持ちになりながらもシャンパンを開けてグラスに注ぐ。獄寺くんが人を掻き分けてやって来た。心なしかその表情は沈んでいる。きっと例年通り、揮わない点数だったのだろう。少なくとも今より高得点を狙いたいのであれば、根本を変えなければ駄目だと思う。
炉子さん、十代目が呼んでますよ」「なに?」手に持っていたグラスを呷る。
「次、出番っス」
 なんだそれ。話がちがう。


 呼び出されて行かないわけにもいかないし、よく考えてみたら元々出し物の用意をしなくていいなんて確証のないあの人の口約束でしかない。やれと言われたらやるしかない。でも何を。一発芸はなにも持っていない。物真似もできない。できたとして、日本のマイナーなお笑いとかその程度だ。イタリアじゃ通じない。
「来たね」
 相変らずツナは笑顔だ。それも山本みたいな無邪気なものじゃない。腹の底が窺えない薄い笑み。その余裕が腹立たしい。十年前はダメツナだったくせに。こんな豪勢な椅子に座って、こんな沢山の人に誕生日を祝われちゃったりなんかして。中学生のときなんか獄寺くん以外には誕生日なんて忘れられていたくせに。
「気にしなくていいって言ったから、なにも準備してないよ」
「うん。いいから、もう少しこっちにおいで」
 手招きをされるままに近寄る。まったく読めない。もっと、早くと急かされ歩調はいささか乱暴になる。ああ、もう! いつからこんな我儘になったんだか。意識がそう一瞬お留守になった瞬間、腕を引き寄せられた。がくりと身体が傾いてツナの膝の上に倒れこむ。顔を上げると例の笑顔だ。
「百点か零点。炉子、キスしてよ」
 僅かに笑顔の質が変わった。ファミリーたちは微笑ましそうにわたしたちを見ている。ちくしょう、どうせイタリア人は人前でちゅーくらいどうってことないんでしょうよ。シャイなジャポネーゼのわたしには恥ずかしくてたまらないわ。大体キスって。昔は恥ずかしくてちゅーってしか言えなかったくせに。いつの間にかツナは全然ちがうひとになってしまった。今日のわたしはどうかしてる。昔のツナと比べてばかりだ。もちろん今のツナだって嫌いじゃない。好き。大好きだ。
 おずおずと見上げると、少し困ったような顔をしたツナと目が合った。だめだ、完全に手玉に取られている。相手にも言えることだけれど、惚れた時点で負けなのだ。今更どうにもなりようがない。一瞬、一瞬だけだ。掠めるように唇を奪ってすぐに俯く。ああいやだ、顔が熱い。やっぱりちょっと恥ずかしいかな、と呟いてツナはわたしの髪を撫でた。目が合うと、はにかむように笑った。わたしはこの笑顔にとことん弱い。





わたしの好きな色



芋の誕生日に。
(08/02/06)