いつも通り部活だった。今日は昼まで。
巨深高校は校庭が狭い。そのくせマンモス校だから運動部の外練の競争率はべらぼうに高い。いくつか近隣の小学校やちょっとした運動場や部活のない高校の校庭を借りたりもしているが、それでもあまり足りていない。毎年功績のある部活は優先的に肯定を取れるが、アメフト部は今年東京ベスト八入りという、まあ、要するに微妙なラインだ。すごくないことはないが、すごいこともない。中の上の中というくらいか。微妙すぎる。
部活は昼までだけれど家に帰るまで腹がもたないので昼食は持参だ。食べてから帰る。そういうやつは多い。健全な高校生男子の胃袋なら仕方のないことである。それで、いつも通りそれぞれ昼食を食べながら近づいてきた春大会の話をしたり、作戦の話をしたり。なんだかんだ、今更すぎるが部員の生活はがっつりアメフト漬けだ。スタメンは特に。もう一年半も前になるか、なんとなくで入ってみた部活にここまで入れ込むとは自分自身思っていなかった。きっと他のやつらもそんな感じだ。
脇では新技の名前について巨深四天王が話していた。ポセイドンが出てしまったので、それ以上を出すのが難しいらしい。ルーズリーフに案を連ねている。技名なんて要らないでしょう、と言う御淑女がいるようならばここで全力で否定させて貰いたい。こういうことが、本当はなによりも大事だ。名前は忘れたがプリキュアの二人で手を繋いで出す爆発技とか、セーラームーンだって技名を言ってシャララーンとするわけで(詳しくは知らん)、遡ればアッコちゃんだってテクマクマヤコンだ。そこで無言ではやる気が出ない。かめはめ派だってうおおと叫ぶだけじゃ溜められない。なにを? 力を。まあなんでもいいんだけど。俺も海や水で色々考えて、ファイナルファンタジーの召喚獣を思い出した。アクアマリンで召喚するやつ。悲しい話、高校生になってから一本もRPGをしていない。しなかったらしなかったで存外生きていけているので困ってはいないから問題はないのだが。むしろ小遣いは節約できるし視力も落ちない。
「リヴァイアサンとかどうかな」話の切れるタイミングを見計らって声をかける。すぐに大西はああ、と頷いて眼鏡を直した。
「嫉妬の悪魔だね」「なにそれ?」
「万人の万人に対する闘争か」「え、え、なんだよそれ」
「ホッブズだよ、水町君」「日本語しゃべれって」
「申し訳ないっス筧先生、自分もわかりません!」
「だから君は教養が足りないといつもいつも……」大西平の闘争が始まったがそこについてはいつものことなので割愛する。
「水町……おまえマジでもっと勉強したほういいぞ。倫理でやっただろ」
「ま、留年してねーから大丈夫っしょ!」
「相当ギリギリだろ」歯を見せて笑う水町に呆れたというより心配したように筧が言う。こうしたやり取りは毎度のことながら改善される様子はない。のれんに腕押しも甚だしい。親の心子知らずと言ったほうが近いか。
「悪魔ってイメージはあんまよくないけど、結構いいかもな。かっこいいし」
「でも悪魔は泥門の担当って気がするよなー」
「確かに……春大会で泥門がどうなってるかにもよるな。
候補に入れとく、サンキュ」ルーズリーフの列の最後にリヴァイアサン、と新たに並べられた。
それに満足して、ゴミをコンビニの袋に入れべとついた手を洗いに立った。先刻水町が走りたい走りたいと騒いでいたので、多分四人はこれからまたジョギングでもしに行くのだろう。体力が無尽蔵すぎる。たまに一緒に着いて行くやつがいるので俺も着いて行ったことがあるが、とにかくつらかった。大西平の根性は並々ならない、と思う。生半可な気持ちで筧に着いて行ったんじゃ過労死もしかねない。愛されてんなあ筧、とそこまで思って色々と複雑な気持ちになる。
水道へ向かっていると、向こうから女子生徒が歩いてきた。いつもの癖でなるべく見ないよう視線を外す。「ちっはーる」テニスコートで蟻みたいにちらちら動いている人間を見てたらいきなり視界に誰かが入ってきた。緩いくるくるの栗色の髪。青の目立つすらっとした制服が正直、似合って、ない。どちらかと言うと可愛い顔をしているから。そういやマネージャーの渋谷もまったく制服が似合ってない。予想外の人物のいきなりの登場に驚いてうお、と一歩退いた。少しだけ動悸がする。
「部活?」「さっき終わった。なにやってんだおまえは」こんな春休みのど真ん中に学校に来るのは部活か補修のあるやつだけだ。「んーちょっと。綿を抜きに?」家庭部だったっけ、と記憶を探る。こいつの部活は知らないことを思い出す。「へえ」「今から帰るの?」「まあ」「じゃあ一緒帰ろーよ」「なんで?」思わず訊きかえしてしまって後悔した。けど出た言葉は戻せない。
「好きだから」
「は」
思わず左手で顔を覆った。顔が熱くて、これはもしかすると赤くなってるかもしれないと瞬時に判断したからだ。彼女は首をかしげて上目遣いで俺を見上げている。確信犯としか思えない。
しかし俺は舞い上がらない。それは多分嘘だ。舞い上がっているけれど。しかし俺には真意がわかる。
「あー……っとあれだ、エイプリルフールだろ」
「うん」
「……」「あ、ショック受けてる」「べつに」
なんだか一気に疲れが押し寄せてきたので、手を洗うのはやめて踵を返す。そう気になるほどべとつくわけでもない。もう帰るんだし。
「じゃあ校門で待ってるからねー」
「え、マジで一緒に帰んの?」思わず足を止めて振り返った。俺はずいぶん不審がるような顔をしていたと思う。彼女のにこにこtした顔を見て、以前弁当を届けられたときのことを思い出す。あのときの無表情ぷりと言えば完璧だった。
「そうだよ? マンション一緒じゃん」
「そりゃそうだけど」「まってる」
女子ってのは、せこい。だって断れるわけがない。訊ねているようで、お願いしているようで実のところ命令に限りなく近い。ほとんど無意識に頷いていた。
「あ、そうだ」「なーに?」
「ホワイトデー。過ぎちゃったけど、一応、チョコくれたし、帰りになんか買ってやるよ」
ぱあっ、と正に花が咲くという表現そのままに笑顔になって頷くと、彼女は足取り軽く校門のほうへ去っていった。
ぼーっとその背中を見つめて、これってデートだよなあ、と、思う。デートだ。そうだ断れるはずがない、あんな可愛くちゃ。相当やられてるな、と自分に溜息を吐いてみるがにやけてしまう。顔に力を入れて真面目な顔を作ろうとしたけれどうまくいかなかった。
待たせてはいけないし、やっぱり手は洗っていそいで部室に荷物を取りに行く。着替えは昼食の前に済ませていたのですぐに帰れる。途中筧に声をかけられた。「技名、リヴァイアサンにしたよ」「お、マジでか」「ああ。あいつら全っ然ネーミングセンスねえんだ。俺も人のこと言えねえけどさ」ちょっと笑いあって、部室の荷物を持つ。ジャージなのが少し恥ずかしい。背丈はあるから、制服はわりと似合うほうだと自負している。それだって筧には敵わないが。
それにしても、年度の替わり目なんてこんな日に、なにゆえ彼女はわざわざ学校に来たのだろう。それでわざわざ俺を誘うのか。バレンタイン以来、一度も話していないのに。なんにしろ、これは前進に違いない。間違っても後退はしていない。頑張ってみようかな、と思う。頑張り方がわからないし、訊けそうな奴も周りにいないんだけど。頑張ってみようと思う。頑張れるだけ。自分に意外と根性があることは、アメフト部に入ってわかったのだ。
とりあえず、財布の中身を思い出してあまり高いものはねだられませんように、とポセイドンかリヴァイアサンに祈りながら校門へ走った。
四月一日さん
(09/04/07)