ゴーヤのほんとのお名前は伊号第五八潜水艦なのだけども呼びづらいし、可愛くないし、だからゴーヤはゴーヤであるのでち。
ここに来る前のことはなんにも覚えていないけど、ゴーヤたちにいろいろなことを教えてくれるてーとくやおにーさんやおじさんたち、それに艦娘のみんなとイムヤちゃんだっているんだからゴーヤはさびしくなんてないよ。
「本日着任いたしました、どうぞよろしくお願いします!」
びしりと生真面目に敬礼をして、声も張っているんだけど、元々優しい声みたいであんまりたいして怖くない。はじめまして! 伊58です! 元気におにいさんに返して手を差し出すと、びっくりしたみたいで不思議そうな顔してる。でもすぐにちょっと困ったように笑って、Aですと自己紹介をしてゴーヤの手を大きな手で握り返してくれたので、ゴーヤも嬉しくなって思わず笑顔になるのでち。
てーとくは、毎日いつでも忙しいみたい。なにをしているのか、ゴーヤは知らない。たまに秘書艦にしてもらって近くで見ていても、なんだかよくわかんない。そうてーとくに言うと、「大丈夫。必要なことは、教えるから」そう言って頭を撫でてもらえるのはすごく嬉しい。でも、相手をしてくれないのはいや。たいくつでつまんない。
それで最近によく遊んでくれるのは、Aが一番多い。お昼ごはんの前に、おなかがすいて防波堤でめそめそしていると、ひょっこり現れてゴーヤにおにぎりをくれる。具は梅干しで、ごはんの塩が多くてしょっぱい。それを半分こして、二人で防波堤に並んで座って食べる。お話をしながら。
「昨日の夜はイムヤちゃんに怒られて大変だったのでち」「一体今度はなにをやらかしたんですか」Aの声は呆れたみたいで、でも今日のお日さまみたいにあったかい。でもでもそれより言い返さないと気がすまない。「ヤラカシテなんかないよ! ゴーヤはイムヤちゃんの浮き輪がかわいいなあって、ゴーヤも乗りたくて、」「ええ」「イムヤちゃんがお休みしてる間に、こっそり、こーっそりだよ、乗ってみたの」「いかがでしたか?」
「んーん、ゴーヤの、この、これ、」背中に乗った、銀色の重いのを、頑張って指差す。上からさそうとしても、下からさそうとしても、上手にできなくてじたばたじたばた。「ええ」指差したものは通じたみたいで、それで? って、不思議そうな顔は続きがどうなるか、想像もついてないみたい。それがなにより楽しいのよね。
「これがね、乗った瞬間にプスッ! って、浮き輪に穴をあけちゃって!」
「ああ」
やってしまいましたね、ってAは笑う。そーなの、やっちゃったの、しっぱいしっぱい。話し終えてまたイムヤちゃんの怒りっぷりを思い出しちゃって、しょんぼりしたゴーヤに、Aは半分こしたおにぎりのさらに半分をくれる。Aは食べるのがいつもとっても遅い。だってゴーヤはこの話、し始めるより前に食べ終わってるんだから。「元気をだしてください、あなたの元気に皆元気づけられるのです」それを聞いて、なんとなく、不安になる。「Aは?」「もちろん、私も」「えへへ。でも梅干しはいらない!」「おや」梅干しはAが食べて、ゴーヤは半分の半分をもらって、思いっきりかじりつく。しょっぱい!
みんなで準備をして、お出かけする日。てーとくが説明をして、ゴーヤたちはその通りにすればいい。「こんなに小さな子が、大丈夫か?」強くてかっこいー長門おねーさんが、心配しているみたい。でも大丈夫、ゴーヤの魚雷はお利口さんなのでち。
敬礼をしてずらりと並ぶ、人たちの中に今日はAがいる。艦長さんが挨拶をしてるけど、毎回おんなじこと言われてるから、もう飽きちゃった。
「Aもゴーヤに乗るの?」「ええ。そうなのです」
「ゴーヤの船員だったの?」「はい」
「そっかあ」
しらなかった〜。ゴーヤが驚いている間に、船員たちは乗り込んでくる。Aは一番最後に残って、手を差し出す。「今日はよろしくお願いします。ご武運を」きっとした顔をして、まじめな声を出す。なんだか、はじめて会ったときみたい。思いながら、ぎゅっとAの手を握り返して、大丈夫でち! やっぱり最初みたいに、元気に返す。それで安心したように笑って、Aもゴーヤの中に入っていった。
「第一戦隊、出撃するぞ!」
長門おねーさんの勇ましい声がして、みんな母港を出て行く。ゴーヤも、がんばらなくっちゃ。ぶくぶくと水の中、深く、深く潜っていく。冷たいはずの水が、なんだか熱い。これからの戦いに、ゴーヤが熱くなっているのかも。
作戦は、一人も艦娘が沈むことはなく、無事に終わったのでした。大破した赤城さんにてーとくが悲鳴をあげていたけど、敵主力艦隊をやっつけられたんだから、それでおっけー。
だからね、降りてくるみんなに、よかったね、やったね、ってゴーヤは言ったんだけど、みんなもそう言ってくれるんだけど、どうしても、顔色があまりよくないみたい。艦長さんはまだ、普通かなあってわからないくらいだったけど、何人かが、絶対に具合が悪そう。でも、具合が悪いの? と訊いても、違うとしか言わない。
Aは降りてこなかった。
てーとく、なんで?
「いらないって、言ったよ! ゴーヤはあれはいやだって言ったもん! いらない! あんなのいらない、いらないって言ったのに、てーとくはゴーヤにきかないで勝手につけちゃったんだ! てーとく、ひどい! ひどい! てーとくのバカ!」
がんがんてーとくの机を叩いて、手が痛い。喉がからからする。てーとくは椅子の上で困った顔をしていて、秘書艦の加賀さんは、つんとすました顔だ。かんけーないってふうに。
ぼろぼろ涙がこぼれて、鼻水もでてる。ぐすぐすすするから、鼻が痛い。目もしみたみたいに痛い。さっきの傷を、直してないからあっちこっちにもしみる。
「ゴーヤ、あの作戦には必要だったんだ。理解してくれ……」
大好きなてーとくが、手をのばしてゴーヤのほっぺたに触ろうとするのを、ばしっとはたき落とす。ハエみたいに。謝ったって許さない。ぜったいゆるさないんだからね!
「もうてーとくなんて知らない!」
ぐるっと後ろを向いて、どかどかと足音荒く扉へ向かう。バン! って思い切り扉を開けてやりたかったのに、加賀さんがスッて開けちゃうから、ゴーヤはこのイライラと悲しさを一体どこにぶつければいいの!
部屋をあとにして、どかどか歩く。廊下の真ん中をどかどか歩くゴーヤを、みんななにごとかって一瞬見てなにも言わずに道を空ける。戦艦になったみたいで、ちょっといい気分だけど、そんなことじゃイライラも悲しさもなくならない。行く先もなくて、なんとなく足を進めると、そうだ、これって、いつも座ってる、防波堤のほうじゃないの。
いやだけど、そんな気になれないけど、でも、だからといって避けるのもなんだか違う。えい! っていっそ割り切って、いつものところに座ってしまう。体育すわりで。膝と腕に顔をうめて、てーとくをののしる。てーとくのバカ、アホ、ばかばかばか。でも、だらだらと涙がたれてきて、悲しくって、喉がつまって、文句も上手に言えない。うえええん、と声をあげて泣く。だってもう、ゴーヤは泣くしかできないんだもん。
「ゴーヤ」
びくっとして、振り返る。おっきな影が見えて、立っていたのは、長門おねーさんだ。
まだ直してないみたいで、服がところどころ破けて、怪我をしている。ええと、と少し困っているみたいで、長門おねーさんが手に持っていたものを見る。
「悲しくて、怒って、どうにもならないときには……とりあえずご飯を食べるのがいい。と、間宮さんが言っていた」
持っていたのは白いお皿で、その上に乗っていたのは、ふわっとしたきれいな三角にぴしりと海苔を巻いてる、間宮さん特製のおにぎりだ。横にひとつだけ、ぶかっこうなやつがある。
「よかったら、どうだ。無理にとは言わないが」
「……たべる」
へたっぴなやつを取ると、あっと慌てたような顔をされる。でもこの丸っぽくて、海苔がしんなりくっついてるやつのほうがなんだか似ているんだもん。
ばくりとかじりつく。すぐにんん? ってなって、うんん? ってなりながら、もぐもぐする。ごくん。
「……これ、おさとう?」
ぽかんとした長門おねーさんの顔が、みるみるしまった、という顔になって、赤くなって、それからあわあわとする。すまない、はじめてで、あの、無理に食べなくても、いいんだ、すまない。慌ててるとこ、初めて見たから珍しくって、おもしろい。あははと声をあげて笑って、もう一口かじりつく。しょっぱい。
かなしみはしおのあじ
(13/09/27)