風が吹いた。
なによりまずそれに乗ったのは木の葉たちだ。大学の中庭。校舎に沿って立ち並んだ木々の葉はぶちぶちと枝を離れてその身を流れに委ねる。次に枝。石。ベンチ。
風の巻き起こるその中央にブロンドの体格のいい青年が立っていた。ざわりと立ち上る風の中、なにが起こっているのかわからないという顔で振り返った彼、キース・グッドマン。
それこそ彼の能力が覚醒した瞬間だ。わたしはその場に偶然立ち会った。その事件は大きな問題となって、彼は結局その件で大学をやめることとなった。少なくともそれが彼にとって目を背けたい、それであって向かい合わねばならない事象であったとして、彼をヒーローたらしめる大きな一歩であったこともまた事実であるだろう。初めて発動した彼の能力は制御が利かず、木々を根こそぎ吹き飛ばしベンチを舞い上がらせ人に空を教えた。彼がなんとか能力をおさめたとき中庭はひどい有様で、けが人もでた。幸い死人や重傷者こそなかったが、彼は大学と被害者から訴訟されかけた。詳しい話は知らないが、どれも結局示談で落ち着いたと聞く。ヒーロー資格を剥奪されていなかったのだからそれは事実なのだろう。しかしわたしはあれについて事件というより事故に近いと思っている。そうだとしても過失傷害、罪が罪であることに変わりはないかもしれないが。
大学を追われた彼は三年後、ヒーローとなっていた。その間のことは知らない。
テレビでスカイハイを見て、マスクがあってもすぐに彼だとわかった。能力もそうだが、なんとなく人柄や声からもそうだろうと思われた。その推測を得てすぐに、当時就職活動中だったわたしは迷わずポセイドンラインの就職試験に出願した。もちろん本気で出したけれど、受かるとは思っていなかった。
受かってしまったのだけれど。
そうしてわたしはポセイドンラインに入社した。今度は一社員がヒーローに会えるはずがないし、ましてその正体など明かされるはずがないと言い聞かせる日々が始まった。
しかしそれすらすぐに打ち破られてしまう。当時まだ新人ヒーローで、そこまでヒーロー業務の忙しくなかった彼はただの社員としてもポセイドンに従事していた。社内ですれ違って、すぐに彼だとわかった。それで思わず声をかけてしまっていた。広い会社だ。次などないかもわからない。
彼はわたしを覚えていた。顔と、名前も。
挨拶と共に手を差し出された。いつもの人の好い爽やかな笑顔に少しだけ悲しそうに眉尻を下げて。
その顔を見てわたしは理解した。あの日、風の中の彼にわたしは恋をしたのだと。
わたしはチャンスを逃さない。すぐにアドレスを交換し、食事の約束を取り付けた。それで終わりにさせないようにも。
けれどそこまで。それ以上にはならない。人の好い彼をあまり利用したくはない。既にしているくせに、これ以上はいやだなんて、利己的にも優しくもなれないとはなんて中途半端なのだろう。
だって彼はわたしの誘いを断らない。断れない。なぜならわたしもまたあの事故での被害者だからだ。
March winds.
(11/09/17)