太陽が暖かく、いや寧ろ最早その射るような熱光は暑く、風だけはまだ冷たい。梅雨の存在も忘れて、俺はもうすぐ夏なんだなあ、なんて思う。形だけは進学校だなんて銘打っても、毎年国公立大学には県内の指定校推薦枠で一人しか排出しないような学校だ。高校二年の夏なんて、ただ青春の真っ盛り。目の前の地味い女生徒を除けば、毎日学校なんて馬鹿騒ぎするだけのパラダイスだ。定期考査で赤点だって、なにも悲しくなんかない。追試だってなんのその。追試験、みんなで受ければ怖くない。
なのに俺は人々の輪を離れて、こんな辺鄙な屋上なんかに来ている。屋上と言えば一部の青春の象徴のようなものであるが、この学校の生徒はほとんど屋上には行かない。屋上は友達のいない根暗の巣窟だと思われているのだ。正しくはないけれど、間違ってもいない。そして俺は、そんな屋上を善良なる市民(生徒)に開放するべく、屋上を巣食う魔人「クラインダー」を退治しに颯爽と現れたのだ!
なんてのは適当に今作った話であって、正義のヒーローはさして働かない。いい人光線、びいーむ。ずどん。言って銃を向けても、クラインダーは振り向かない。古典の単語帳を見ている。
最近ちょっぴり馬鹿をするのに疲れてきた(頭は結局どう頑張っても馬鹿なんだけど)俺は、ちょっぴり気分一転、と屋上にやって来ていたのだった。これがほんとの話。やっぱり人は全然いなくて、いたのは一人だけ、それが彼女。スガハラさん。
俺にはどうして彼女がこの高校に入ったのかわからなかった。どうやら彼女は相当に頭がお宜しい。それこそ、俺なんかには逆立ちしたって手が届かないくらい(当たり前だ、逆立ちしたら余計遠くなる)。
だけど、俺が目をつけたのはそんなスガハラさんの素晴らしいまでの頭のよさなんかではない。そんなものは、それはもうミジンコほどにどうでもいいのだ。今更俺が勉強のことを気にするなんて、リュータが二度と恋をしなくなることくらいにありえない。DTOがおっさんでなくなることよりはありえるけども。
今でこそ彼女は俺に全く以て興味なさげに単語帳なんかを開いちゃっているが、実際はそれはもう俺に興味シンシンなのだ。嘘だ。ごく稀に彼女は俺の話に受け答えてくれるが、普段は全ッ然に俺のことなんてアウトオブ眼中で見向きもしないのだ。
ぱたりと単語帳を閉じると、彼女は俺の方を見た。おお、久方ぶりのスガハラさんからの視線。「なにか御用ですか、サイバーさん」むっつりとしたほぼ完全な無表情で言うと、すぐに視線を外して単語帳を鞄に仕舞う。
「用はないけど。それよか、サイバーな」「断ります」「タメ語ね」「断固拒否します」本当に、味も素っ気もない。
「わたし、人には敬語しか使わないって決めているんです」
「へえー。なんでまた」
皮肉です、そう一言だけ答えてスガハラさんは立ち上がる。一瞬呆けたのち、思わず苦笑にも近い笑顔が漏れる。いいねえ、屈折してて。「皮肉」という言葉の正確な意味はわからないけれど、なんとなくならわかる。
立ち上がると周りに遮るものがない所為か、意外と強い風が俺の身体を打った。
「行くの?」
「ええ、そろそろ競技ですから。サイバーさんも、あなたみたいな人は応援に参加しておいたほうがいいと思いますよ」
それはもう、全く以ての正論。今度こそ俺は苦笑する。はは、そのとおり。友達を持続させるには、くだらない馬鹿げたことに付き合わなければいけないのだ。それが、孤独にならないための労働。校庭からスタートの銃声が響く。今日は高校生の三大くだらなイベントのひとつ、体育祭。騒ぐのは嫌いじゃない、でも、今は少し疲れてる。労働を長期間放棄すれば、手を繋ぐ相手は孤独しかいなくなる。それは嫌だ。
彼女は俺に構うことなく梯子を降りると屋上の出口に向かう。振り返りはしない。彼女は合理主義者だ。無意味で無価値な馴れ合いはしない。孤独を甘んじて受け入れる。来るものは拒み去るものも追わず。流れに身を任せながらも、彼女は自身の孤高を壊さず、その世界だけで生きる。なんともカッコいい。
そして、俺はその孤高をぶち壊してみたい。是非とも。阿呆みたいな気分の高まりを感じる。
「スガハラさん!」
声をあげて呼べば、素直に彼女は振り返る。続いてもうひとつ叫ぶ。今度は彼女も訝しむ顔をする。
「なにを」
「俺の本当の名前」
久々に口にする自分の名前はなんだか何処か懐かしい。言って俺はにやりと笑うと、サングラスとを投げ捨てた。いつぞやのマラソン選手の真似ではない、念のため。さして高くない屋上の上の段からひらりと飛び降りる。自慢だけど、正義のヒーロー運動神経にはそれなりに自信がある。膝を曲げて衝撃を吸収するとすぐに立ち直り、明るさを取り戻した世界と少し驚き口こそ開けていないものの呆けたような顔をしたスガハラさんを見て、口端を吊り上げる。
「正義のヒーロー、貴女の王子になります!」
恭しく頭を下げ、再び上げる。呆然とした彼女の顔も、また可愛らしい。視界が眩しいのはサングラスがない所為だけじゃない。そうだろ。答えはどうせ判ってる。期待しちゃいない、今は。急いでいない、少しずつでいい。どうせ俺には受験勉強など少なくともあと一年は関係ないのだから。少しずつ、俺はお前に近づく。
俺はお前の孤高を必ず打ち砕く。
玩具となってしまった光線銃を俺は遠くへ放り投げた。綺麗な放物線を描いて、ヒーローの証はいとも容易く壊れた。
恋する51のお題 27:彼女の魅力
(ヒロインのモデルにした友人にその旨を伝えたらお金を請求されました)
(07/05/28)