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部屋に戻るとそいつはオレのソファで眠っていた。どうせ無駄だとわかっていながら習慣でまずシャワーを浴びる。いつからか任務のあとはそうするのが習慣になっていた。返り血はまったく浴びていない(王子すげー)が、死に纏わりつかれているようで気分が悪い。死ぬのはオレ以外のやつらだけでいい。熱い雨を頭から被って息を吐く。スクアーロと任務になると疲れる。耳が。うるっせーんだよあいつ。 適当なズボンとこれまた適当に掴んだ紫と黒のボーダーを身に着けシャワー室をでた。あいつは部屋に入ったときと同じ状態だ。薄い毛布をかけてうつ伏せ、ソファの肘掛を枕代わりにして静かに寝息を立てている。剥き出しの腕が毛布からでて床に触れていた。寒そうだ。 「リリ」 しなやかだが柔らかすぎない髪に触れた。室温と同様にそれは冷たい。しかし軽く手の平を押し付けると髪の向こうにある肌は生き物の温かみを持っていて、静かな脈動を伝えてくる。ゆっくり肩が上下し、目蓋は閉じられたまま。短めの髪を梳いてやる。時計を確認するともう午前の二時だ。どうせ明日は休日だから、差し支えはない。こいつはどうかは知らないが、明日寝不足でこいつの仕事が滞ったところでオレにはなにも関係ない。「リリ」反応はない。毛布を剥いだ。 「起きろよ」 思い切り腕を振り下ろすと背中に深くナイフが突き刺さった。ビクリとそいつの身体が跳ねて、震える。畳み掛けるようにもう一本。呻くような声が漏れた。「ベ、ルさ」ナイフのほとんどが身体に埋まって、突き出ているのは持ち手だけだ。これに紐をつけたらストラップになりそう。こんなでかいストラップ邪魔すぎて使えねえ。「うしし」なんだか楽しくなってきて、自然と口端が吊り上がる。 髪を掴んで思い切り引き上げた。そいつは青い顔をして両手で口を押さえている。 「ほら、さっさと移動しろって。王子の部屋、血で汚したら許さねえよ」 戦い甲斐のない弱者をただ捻り潰すのは面白くない。でも、こいつは別だ。細胞単位で死を拒否してくる。「なあ」気分が昂揚する。もっと血が見たい。「今日はいくつに刻んでやろうか」 随分ご執着だと昼間スクアーロにからかわれた。余計なお世話だ。執着なんてしてない。楽しーからさ、それだけ。いつもどおり、壊れたら捨てる。可愛い玩具なんだから、壊れるまで大事にするのは当然。飽きたら新品だって捨てるけど。 ずるずると苦しそうに足をひきずり歩くそいつの背に赤が滲んできた。あの柄を引き抜いたらどれだけの血が噴き出すだろう! 考えるだけでぞくぞくしてきた。まどろっこしいなあもっと速く歩けよ。 ふらりと、そいつは扉に凭れかかった。重みでゆっくり扉が開く。開ききると同時に支えを失いそいつは部屋の中に倒れこんだ。部屋は巨大な化け物だ。後ろ手で扉を閉めれば口を開いていた闇はオレたちを飲み込んだ。素敵な口上が思いついて口の中で呟いた、喜劇は暗闇からはじまる。 目が慣れると窓から差し込む月明かりのおかげで部屋の中の影は確認できた。そいつの浅く早い呼吸音だけが聞こえる。刺さったナイフをうまく捕えられずか細い手だけが空しく何度も宙を掴んだ。 「それ、取りてえの?」「……っえ、や」「取りたいんだ。わかったわかった、王子やさしーからさ」「や、い、いい、で、」 「遠慮すんなって。取ってやる、よっ!」「うああっ!」ぐいと柄を下に動かしてやると、がり、と鈍い音がしてすぐに動きを阻まれた。刃が肋骨にあたったらしい。ちらりと様子を窺うとそいつはがたがたと震える両手で顔と頭を覆っていた。指先に随分力が入っているから引っ掻いていた、と言うほうが正しいかもしれない。垣間見える目からは大粒の涙が零れている。面白い。そろそろとナイフを元の位置に戻して、もう一度、より速く、より力を込めて柄を下に押し下げる。嬌声と呼ぶにはいささか色気の足りない声が上がった。ごり。不穏な音がして先刻より刃が進む。「ししし」肋骨を切ることは諦めて皮を裂きながら上向きにナイフを引き抜いた。期待していたほどの出血はない。つっまんねーの。 「立てよ。王子そのほうがやりやすい、から」 腕を引いて無理やり立たせる。足が震えているようだからしっかり立てるようになるまで支えてやった。王子ほんっとやさしーな。ふらふらしているがまあ大丈夫だろう。数歩下がって距離を取る。伏せられた瞳は絶望に沈んでいるようにもオレへの憎悪で彩られているようにも見える。その目があまり好きじゃない。もっと脅えてくれればいいのに。逃げればいいのに。そのほうが、きっと楽しい。 だからまず頭を飛ばした。叫ばれるのもうるせーし。首の真ん中、投げたナイフの尾についたワイヤーはしっかり背骨の節を通り頭と身体を分離する。力を失って傾く身体が倒れる前に続けてナイフを投げた。肘、肩、腰、下腹、太腿、膝、脛を通ってワイヤーはすっぱりと人体を切り裂く。綺麗すぎる切り口に我ながら惚れ惚れする。十四個に分解された身体はどさどさと音を立てて床に落ちた。「……ん、いつもより多かった? まあいいか」 ワイヤーを引っ張ってナイフを回収する。ワイヤーはこいつの血がついたからもう使いたくないけどナイフは投げて部屋の壁や置いてあるだけの家具に刺さっただけだから使えるだろう。びくん、と、暗闇の中で影が動いた。手を止めて肉の山に目を凝らす。うえ、夕飯零れてるよ気持ちわる。十四個のパーツの一つ、右腕の先。震えながら、細い指が絨毯を引っ掻いた。がり。がりがり、がり。「きたきた」自然と笑みが零れる。これが、また、半端なく面白い。肘までしかない腕が指の力だけで這う。ずるずる。ナイフからワイヤーを外す手を止めてそいつに近寄ってみた。ごろりと転がっている頭を軽く蹴る。音にならない呻き声があがった。目は暗く生気をなくして力なく開いた口は痙攣したように動いている。小さく呼吸らしきものはしているけれど、気管は肺に繋がっていないわけだからまったく意味がない。苦しそうだ。ぞわぞわと闇が蠢く。たっぷりと時間をかけて二の腕に辿り着いた右手の先はがくがくと震えながら断面を擦り合わせた。丁度ぴたりと合ったところで、す、と傷が消えた。楽しいのはこれからだ。破片たちがざわめき始めた。元いた場所へと動き出す。ざわざわと。それ自体がひとつの生き物になったかのように、確固たる意志を持って、家路を急ぐ。 「何度見てもきもちわりー……」それに飽きない。面白い。 こいつの細胞は帰りたがりで、分子は無類の寂しがり。慣れれば月光は存外明るくそいつの肌を白く照らした。切り裂かれた服は意味を成さない。血みどろの惨状の後のおぞましい状景。最後に形成される白い裸体は綺麗、なのかもしれない。そいつは頬に涙の跡を残して眠っていた。すっかり身体は元通りだ。静かに胸が上下する。 なんだか無性に腹が立って心臓にナイフを突き立てた。抜くと血が噴き出して、オレの服や顔にもかかる。さいあく。近くの血液をなるべく回収して、すぐに傷は塞がった。顔に付いた血を拭おうと擦ったら余計に広がってしまった。また、シャワーを浴びないと。 切り裂かれて恍惚 |