ボンゴレ十代目を乗っ取るにあたって黒曜中学校を潜伏先に選んだことに理由はありません。強いて言うならば、制服がよかったからです。だからと言って本当になにも考えずに選んだわけではありませんよ、失礼な。並盛にある程度近いことや不良が多いこと、様々な点から黒曜中を見てあらゆる可能性を吟味して……まあ、決め手はやはり制服ですが。しかし恐ろしいことに、こんなにも素敵な制服をもちながら黒曜生といったら本当に、一言で表すならばまさしく「最悪」、僕が着ればアイドルだって悔しがるような画になるこの制服も、彼らが着れば残念としか言いようのない様となってしまうのです。まず、彼らは中学生にしてはごつすぎます。熱苦しいです。同じ教室にいたくありません。なので僕は、近辺やボンゴレ十代目関連の情報収集に暇潰しを兼ねてほぼ毎日登校こそしたものの、学校にいる時間のほぼ全てを人気の少ない場所で過ごしました。それであんなにも可愛らしい制服をもちながら黒曜の女子生徒というのがこれまた最悪で、中学生という己の年齢も理解してない身分不相応に着飾った、いわゆるギャルばかりなのです。初めて日本へやって来てこの様を見たときは流石の僕も、開いた口が塞がりませんでした。それで、僕が黒曜中の門を潜って一番初めに口にした台詞がこれです。「千種、犬。日本に大和撫子なんていません」。なんて悲痛に満ち溢れた呟きでしょう。
 しかも左隣の席がランチア先輩なんです。これもまた、最悪じゃないですか。大体にして、どうして同じクラスなんですか。確かに千種と犬は同じクラスにするよう先生方に丁重に頼みましたが、先輩は頼んでいません。毎日、それもすぐ隣で先輩の顔を見るなんてごめんです。もっとも僕より先輩のほうがこの席順に不満を持っていそうですが。顔も見たくないでしょうからね。嫌がらせの如き席順に腹が立ったので、転校初日に早速先輩を操って教師と生徒を痛めつけてみました。不良ばかりと言え、やはり中学生は中学生ですね。虫ほどでもありませんでした。紙くずです。自我を取り戻し現状を理解したときの先輩の顔と言ったら、それはもう噴飯ものでした。今でも週に一度はそうやって遊びます。
 並盛中のケンカの強さランキングを手に入れると、千種や犬もそれぞれ動くようになって更に暇になりました。このところクラスの登校者も一気に減ってしまったし、少し前までは日辻さんでもたまに遊びましたが、彼はもう駄目なようです。なにも楽しめない。
 ランキング順に割り振って担当になった人間を三人ほど倒し歯を抜いてきたのですが、どうやら二十位台はまだまだ普通の中学生のようです。赤子の手を捻るよりも容易でした。今日はこのくらいでいいか、と一人黒曜中の門をくぐり校舎に入ります。教室に行く気は起きません。廊下の壁は落書きで埋まり床のそこかしこにはゴミが落ちていました。それだけでこの学校の程度が知れます。日辻さんのような人間は滑稽だ。しかし、ここの生徒の大半はもっと滑稽で、幼稚だ。直接黒曜ランドに戻るべきだったと少々後悔しながら、とくに考えず屋上への階段を登りました。汚れた階段が麗しい僕の靴底に叩かれて高鳴ります。
 鉄製の扉を開けると初秋のぱりっとした日が目を焼いて、ふと黒い一本の細長い影が視界を裂きました。考えるより先に身体が動き制服の下から取り出した三叉槍と影が鋭い音を立ててぶつかります。女子でした。やまとなでしこ、大和撫子です。大和撫子は苦々しい顔で舌打ちをしました。そんな表情も可憐です。
「いきなり僕に襲いかかってくるとは、なかなか積極的ですね」
 大和撫子は僕の言っていることが理解できないといった表情をしています。「いいですよ、とてもいい。そういう子は嫌いではありません」「なにがいいのかわかりません」僕はこの感情の名がわかりません。
 屋上へ登る階段はぼろぼろで、屋上の床も綺麗ではないし見晴らしだってさしてよくはない。しかも妙に陰気くさい。陰気くさいのは校舎の中も同じだけれど質が違うのか、黒曜生は屋上を好んでいないようでした。屋上は原則立ち入り禁止。校則が唯一守られている場所です。それすら今まさにここで僕たちが破っているわけですが。滅多に人の訪れない屋上へ人がやって来たことに余程驚いたのか、足音で来訪者が一人だとわかった彼女は扉が開いた瞬間に屋上の柵であった鉄の棒で来訪者を殴り、それが足止めとなっている間に逃げようと考えあのような行動にでたそうです。しかし相手が悪かった。なにしろ僕は今この学校内で最も恐れられている人物なのだから。相手が悪かった。しかし彼女の攻撃は、見事なまでに命中していたのです。彼女の一撃に、僕は心臓を貫かれた。ほんの、ほんの余興です。ボンゴレ十代目が見つかるまでの、ほんの少しの間だけ。この感情の名はなんでしょう。

 裏社会と関わりのない、同年代の女性と同じ時間を過ごすのは初めてのことで、柄にもなく僕は大層ときめきました。あたりまえです。ここでときめかずにいつときめけばいいのですか。
 彼女は僕の名を知りあの噂の六道くんを鉄の棒で殴ろうとしてしまったと慌てましたが物理的な攻撃は結果的に当たらなかったのだし、なにより僕は彼女と出会えたそれだけで十二分に舞い上がっていたので申し訳なさそうに両掌を合わせ頭を下げる彼女を気にしないよう宥めました。それから彼女は噂によると六道くんって人を操るんだよねえとまったく信じていなさそうな顔で訊ねてきたので、僕はばかですねえ催眠術師じゃあるまいし人を操るなんてできるわけないじゃないですかと答えました。なぜ嘘を吐いてしまったのかはわかりません。気がつけば口から滑り落ちていたのです。一体僕はどうしたというのだろう。
 黒曜ランドに戻ると既に帰っていた二人にこのことを話すと、千種は黙り、犬はヒューヒューとはやしたて始めました。ものすごくうざかったので適度に痛めつけることにしたのですが、そうして立ち上がる間も彼女のことが頭から離れませんでした。彼女の髪の流れや隣からかすかに漂う芳しい匂い。一挙手一投足やなにげない言葉、仕種。彼女の全てが尾をひいて僕の中でちらちらと輝いている。これは病気です。ところで仕種と千種って似てますね。酷似です。
「勘弁してくらさいむくろひゃん!」「うるさいです犬しばきたおしますよ」「もうしばきたおしてるじゃないれすか!」「うるさいです。なんなんですかヒューヒューヒューヒュー、隙間風かなにかですか。それは僕がこんなボロい建物しかアジトとして用意できなかったことへの当て付けですか。苛立ちますね」「ち、ちが、」「なにが違うんですか」「む、骸ひゃん、こい、恋れす! それは恋なんれすよ!」「こい?」「れす!」
「…………千種、」「骸様、恋です」
 こい、恋。
 僕が、


 日辻さん、日辻さん。楽しいですか、気分はどうですか。いいですね。さぞ楽しいでしょう。拳骨に相手の骨の振動が伝わってきてきんと響いて爽快になりませんか。おや、なぜ泣いているんですか。楽しいじゃありませんか。ねえ。幸運ですよ、先輩ではだめだったんです。先輩は、力が強すぎるのできっとしなせてしまいます。あなたが丁度よかったんですよ。丁度よかった。
 しかし、ずるいですね。彼女に触れるなんて。彼女に触れていいのは僕だけですよ。僕だけです。変わりましょう。あたりで休んでいていいですよ。変わりなさい。彼女に触れていいのは僕だけです。
 白い肌は腫れ、日の出も待たずに禍禍しい配色でカラフルに染まるだろうことは想像に易かった。折角の可愛らしい顔も台無しですね。ぼたぼたと垂れ落ちる鼻血を両手で受けている。
「ろ、くどうく」鼻が塞がっているからでしょう、聞き取りづらい声です。
「僕は忙しいんです。だから、残念ですがあなたの傍にずっといることはできない。
 方法は色々と考えました。しかし、もうあまり時間はないんです。そろそろボンゴレ十代目も見つかるだろうし……。まどろっこしいのは面倒だからきらいです。一番簡単な方法を取ることにしました。精神と身体は、人が思っている以上に繋がっているものです」
 いつもの、ええ本当にいつもと同じです。なのにその僕が浮かべたいつもの笑顔で、彼女の表情は完全に凍りました。日辻さんを止めて彼女の前にでてきた僕はまだいつもの僕に見えたのか、冗談でしょ、と彼女の表情は言っていた。冗談ではないのです。「僕はあなたを壊します」
 ああそんな、悲愴な顔もすてきですね。もっと見せてください。綺麗です。あなたのすべてが見たいです。そして僕以外の、他の誰にも見せはしないでください。僕のものです。僕のものです。僕だけのものです。




 僕は間違っていたかもしれない、しかしかならず、いつか彼女は落とされた。他の誰かにそうされてしまうくらいならなおさら。僕が。そう、思っていた。間違っていない、間違いではない。
「美しいものは儚くて、儚くあって、初めて、本当に美しくなれるのです。綺麗ですよ、。綺麗でした」
 ところで、きれいときらいって、よく似ていますね。本当に。


title by ピアチェーレ(携帯向)
企画参加(タイトル同題)「地球(携帯向)」
(08/05/11)