僕が二度目の隋から戻って間もなく太子は死んだ。式は盛大に開かれた。僕は隋から戻って最初に太子と顔を合わせたとき、なぜ土産を持ってこないんだばかやろうとなじられたのを思いだした。それが言い様なく不快だったことも。一頻りなじった後、長々とどれだけ会いたかったかを夢見る乙女のような表情で述べられたのだが、それらの口上も表情ものっぺりとしか文字としての印象しか覚えておらず、実際見聞きしたものとしては思い出せなかった。それが虚しいようにも思われたが、結局のところはなにも感じていなかった。再会したときの不快感に限りなく近い、だがそう呼んでしまうには違和感のあるもやもやとした気持ちだけが僕の中に残った。
 列の中で僧の読経を聞きながら、これからのことについて考えた。毛人(えみし)は賢いので心配こそしていないが、反抗期らしくあまり可愛くない。妻は変わらずよくやってくれている。毛人もそろそろいい歳だ。どう政界へ出すべきか、様々な手を考えている。蘇我家の今後の動きも気になるところだ。考えるべきことは山ほどある。過去を顧みている暇はないのだ、僕には。だから、太子のことを考えるのも思い出すのも今日限りとしよう。
 あちらでは葬式に出る機会がなかったので、焼香というものは初めてする。これからはこうした葬式が主流となっていくのだろう。
 太子といた記憶はどれを取っても輝いて見えた。今の生活よりいいとは言わないが、けして悪くもなかった。独特の香をした煙が立ち上り、鼻腔や目をくすぐっていく。若かったからとそれだけでは言い逃れのできない輝きだ。しかし、それだけだ。輝きには触れられない。これからの僕に太子と過ごす日常はありえないし、もうずっと前からそうなっていた。あの人に纏わるなにもかもが、今となっては意味がない。ただひたすらにどうしようもない過去の話であった。






09年度始めの予備校入塾テストの倫理に殴り書きされていたもの