#bsr_trip

 喜介さんがいっとう気に入ったのはむにゅむにゅとした手触りが妙な青いグリップのシャープペンシルで、それを対価にわたしは彼と道を共にすることとなった。最早二度と新たに入手することのできぬ物品たち。出し惜しみに出し惜しみを重ねたにしろ、こうも安価に済むとは思っていなかったので幸先のよい旅立ちである言えるだろう。
 喜介さんは四十間近の旅商人であるが、元は武家の出で学者を志したことがあったと言う通りに好奇心が旺盛だ。どこまで本気にしているのかは知らないが、わたしに様々なことを訊ねては楽しそうに話を聞いている奇人である。そして矢継ぎ早にそれはどうなっているのか、これはどういうことかと疑問を投げてくるものだから、そのひとつひとつへ丁寧に答えているだけであっという間に旅の時間が過ぎていく。それが果てなき道中では至上の暇つぶしとなるのだ。まったく一人の旅路は退屈でさあ、と話す喜介さんも嬉しそうであるからわたしも嬉しくなるし、とても助かる。もちろん彼の仕事の手伝いなどもしているし、旅の資金は出発したばかりを除き自身で作っているが道を共にしてくれるというだけで十分に幸いなことだ。
 わたしが彼にわたしの世界のことを話したように、喜介さんもまたこの世界のことをよくわたしに教えてくれた。元の世界へ帰る方法を探すには人や情報の出入りの多い場所で暮らすのがよいだろうというのが彼の助言である。それで、向かう先は定まった。着いてからのことを考えるにはまだ早い。生きることは命がけで、旅ともなれば尚更だ。道は長く、先は遠い。




 


(13/01/03)